英雄と女帝の貫禄
古は語る。
「それにおそらく、あの旋風のルストってメスガキまでが、自ら身の証をたてたってのが一番大きいだろう。英雄様と女帝様、2人で自ら模範を示せば大抵の組織はそれに従わざるを得なくなる」
そしてそれまで沈黙を守っていた仮面の男、淵 小丑が口を開いた。
「イベルタルの表と裏を支配する女帝と、フェンデリオルで押しも押されぬ国家的英雄となった少女、その2人が自ら肌を晒してまで身の潔白を証明したとなれば、それに追従しなかった者たちがあれば『お前たちはなぜやらなかったのか?』と周囲から必ずや責め立てられるでしょう。なにより、後手に回れば周囲から疑いをかけられても濡れ衣をはらす機会が失われてしまう。
おそらくは自分たちの身の潔白も今のうちに証明しておこう! とあらゆる場所で雇用者も使用人たちも我先にと同じように身の証を立てたはずです。それに着衣を脱ぎ肌を晒すというのは1人だけなら羞恥にさいなまれますが、全員で一斉にとなれば風呂に入るのとさして変わらない。むしろ、この場合は脱がない者の方が恥ずかしくなるというもの。
なるほど、これは完全にしてやられましたな」
そしてさらに、女武侠の水 風火が言葉を吐いた。
「それが人間としての貫禄ってやつさ。あたしらにとって古大人が絶対的な存在であるようにね」
水は猫を横目でちらりと見る。
「もう1つ、はっきりと言っちまえば、うちの猫より、向こうの方の支配者としての貫禄が上だったってことさ」
そしてそれまでサロンの片隅で退屈そうに紙とペンで何やら書き上げていた小柄な眼鏡少女の幻 淑妮がぼそりと呟いた。
「そんなことより、これからどうするかってことさ。何しろ、旋風のルストの拉致のさいに猫の秘蔵っ子の戦闘部隊の紅蜂の女どもがことごとくやられたんだろう? 挙句の果てに旋風のルストの拉致が失敗したことで、この街全体の怒りを買って一致団結させてしまったって聞いたよ?」
紙を折りたたんで懐にしまいながら幻は続ける。
「多分、普段私たちが相手にしている連中なら、猫大姐の今回のやり方でも通用したと思うよ。でも、今回はさすがに相手が悪すぎたよね。何しろ、旋風のルスト様の忠実は七随身が全部揃ってたって言うんだから。命令は出ていないのに自分たちの判断で勝手に集まってきてたんだって?」
正は彼女の言葉に答えた。
「ええ、長期休暇でフェンデリオル国内各地に散らばっていたそうですが危険を察知したのか、勝手に集まってきていたそうです、イベルタルのこの土地に。しかもそれだけではない」
淵が私見を交えて言葉を添える。
「旋風のルストの七随身は、それぞれが非常に穿った能力を持っています。しかも東方人華人街に顔の聞く白王茯や、イベルタルの闇社会に身を置いていたことのあるルプロア・バーカックと言った癖のある人間もいる。元軍人が4人もいるので正規軍との連携も密だ。
その気になればあらゆる方面に交渉の手を伸ばすことができるでしょう。彼らが私たちの知らない間に我々のすぐそばまでやってきた――それこそが今回の敗因でしょうねぇ」
咥え煙管で紫煙を燻らせていた水が皆に問いかけた。
「それで? これからどうするよ? このままだと間違いなく、イベルタルの地元の連中は結束するだろうね。いやもう準備は始まってるかもししれない。こっちもウカウカしていられないね」
するとそれまで、右手でナイフを弄んでくるくると回していた古が口を開いた。
「正」
「はっ、古大人」
「イベルタルに――、いや、フェンデリオルに展開していた全ての配下を集めろ。数日以内にな」
「御意、3日以内に集結させます」
そして次に視線を向けたのは仮面の男、淵
「淵」
「はい、古大人」
「蒙面を集めろ。少しでも数が多い方がいい」
「承知いたしました。早急に召集いたします」
蒙面とは黒鎖の重要な実戦部隊である覆面の男たちだ。淵はその統括責任者でもあるのだ。
そして残り2人にも。
「水幻お前らもだ手駒は少しでも多い方がいい」
女武侠の水は頷く。
「ああ、兄弟たちをすぐにでも集めるよ。おそらくここがいのちの捨てどころになるだろうからね」
だがそれに対してため息をつくように幻はつぶやく。
「水、意気込みは分かるけど、早々簡単に死なれちゃ困るんだけどね。みんなには私が作った自慢の精術武具が渡してあるんだからさ。それなりに結果を出してもらわないと困るよ」
「分かってるよ。幻」
「頼むよ。私のとってはここにいるみんなが家族みたいなもんなんだから」
その言葉にその場に居合わせた猫を除く全てのものが口元に笑みを浮かべていた。もっとも淵は仮面故に素顔の表情はわからないが。
淵は幻に語りかける。
「小幻、あなたのところの火龍衆も準備をさせておいたほうがよろしいでしょう」
「分かってる、淵老師もうすでに準備を始めてるよ」
「それで結構、あなた自身の身を守る最善の手段です」







