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猫《マオ》の敗北と失態

 怯える(マオ)の前に立ちはだかりながら、(グァ)は苛立ちをそのままに吐き出していた。


(マオ)、こいつはどういう了見だ」


 足元に吐いた革製のエスパドリーユを踏み鳴らしながら少しずつ歩き出す。


「えらい自信ありげに意気込んだわりにゃ、無様すぎる結末じゃねえか」


 悪鬼のような眼光を光らせながら古は猫を見据える。その視線に圧倒されて猫はその場に崩れるようにへたり込んでしまう。


「ん? どういうこった? お前のご自慢の潜伏者だったんだろ? それがなんでこんなにあっさりと一網打尽にされてんだよ?」


 古は膝を曲げてしゃがみこむと右手につまむようにして持っているナイフの刃峰の側面で、猫の顔をヒタヒタと叩いていた。


「は、はい――こんなこんなはずでは――」


 明確な答えを出せない、こういう状況が(グァ)を一番怒らせるのだ。こめかみに青筋を立てて古は猫に罵声を浴びせた。


婊子(ビィャォ ズー)が! 与太った言い訳を聞きたいわけじゃないんだよ! このしくじりどう始末をつけるのか! お前の考えを聞いてるんだ! お前じゃなかったらとっくに〝こいつ〟を突き刺してるところだぜ!」

「ひっ!」 


 婊子(ビィャォ ズー)とは女性に対する侮辱の言葉だ。意味合い的には売女(ばいた)と同じになる。

 (グァ)は右手のナイフの切っ先を(マオ)の鼻先へと突きつけた。金属のひやりとした感触がなおさらに彼女の中の恐怖心を煽り建てた。


「それでどうなんだ? お前の中に〝次の一手〟はあるのか?」


 そう問いかけられて(マオ)は両手をぎゅっと握りしめた。視線を下へと落とし怯えるままだった。


「申し訳ございません。手塩にかけた蜜蜂(ミィフォン)はそのほとんどが炙り出されて今やまともに使えるものはほとんど残っておりません。それにそもそもが蜜蜂(ミィフォン)は数が揃ってこそ意味があります」


 蜜蜂(ミィフォン)――シュウ女史のところに居たネフェルの様な境遇の人物たちだ。蜜蜂という名前にはある理由があった。(マオ)蜜蜂(ミィフォン)を取りまとめる立場にあるのだ。

 そして猫は床にひざまずいて、両指を組み合わせて握りしめると命乞いを始めた。


「この(マオ)の失態でございます。心からお詫びを申し上げます。ですからどうかお慈悲を――」


 蒼白の表情で必死の懇願をしている。今ここで怒りを削いでおかなければ(マオ)の命はない。


「ふん」


 (グァ)は鼻息を吹き出して立ち上がると背後に控える副官である(ヂォン)に声をかけた。


「現在状況は?」

「はい」


 (ヂォン)は落ち着き払って佇んだまま言葉を続けた。


「イベルタルの北の女帝とあだ名される〝シュウ・ヴェリタス〟の英断とこちらの予想を超える指導力によりイベルタルの中心街に存在するほぼ全ての組織や邸宅において一晩のうちに一斉調査が行われ、その状況から不安を抱いた潜伏者――蜜蜂(ミィフォン)が自ら名乗り出る者が続出、こちらが仕掛けた諜報網はほぼ瓦解しました」


 その言葉を耳にして(グァ)が自らの内に宿した怒りは最高潮に達しようとしていた。右手のナイフを器用にくるくると手のひらの内で回す。苛立ちのはけ口を持て余しているかのようにだ。


「なんでそうなったよ?」

「はっ、シュウ女史が自ら所有する大規模商館〝水晶宮〟において、彼女自らすべての使用人や職員をひとつに集めて全員で一斉に全裸になることを促して全身をくまなく調べたそうです。その際自分自らも使用人たちの前で全裸を晒したとか。その圧倒的な振る舞いにより、全ての人間が自らの証を立てるべく素肌を晒したことで我々黒鎖(ヘイスォ)に必ず存在する刺青(ツーチン)を調べられ潜伏者を炙り出したそうです」


 その言葉に(グァ)は少なからず驚きの顔を見せていた。


「なんだと? 自分の所の使用人を? 全部か?」

「はい、とにかく非常に徹底しており、その時たまたま来訪していた来客の使用人まで全裸に剥いたそうです。当然ながらその時、シュウのもとに身を寄せていた旋風のルストも自ら肌を晒したとか。

 この行動が引き金となり〝水晶宮がそうなら〟と、イベルタルでの主要な組織や団体や店舗などにおいて、職員や使用人に対する身体検査が行われ余すところなく調べられたそうです。その際に肌だけではなく髪の毛の地肌に至るまで調べられたとか。中には事実の発覚を恐れて調査前に自ら命を絶った蜜蜂(ミィフォン)も居たそうです」

「なんて奴だ! そんな命令を出すやつも出すやつだが、おとなしく従うほうもどうかしているぜ――、いや違うな――」


 (グァ)は右手の手のひらでナイフをさらに弄びながら言葉を吐いた。


「それだけ、この街においてシュウって女の意向に逆らうってことがありえないほどのタブーだってことだ。なるほど〝北の女帝〟の肩書は伊達じゃないってわけだ」


 そう言って右手を上へと振り上げると、ナイフの切っ先を外側に向けて、ナイフを勢いよく振り下ろす。


――ブオッ!――


 その荒々しいまでの風切音が部屋の中に新たな恐怖をもたらした。


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