都市自治会議臨時会議Ⅱ ―3つの疑問と1つ目の回答―
アダマン議長の輪とした声が響く。
「今回の特別招集会議の趣旨は、既に聞き及んでいる者も居ると思う。今回の議題は〝在外商人のイベルタル商業界における特別認定制度〟についてだ。
なお、明確に分かりやすくするために私から見て右手側に内地商人、左手側に在外商人の方々に着席していただいた。それでは議題内容について討議発起人である自治議会特別終生上級参与であるシュウ・ヴェリタス君から説明してもらう。シュウ君、始めたまえ」
自治議会特別終生上級参与――、その肩書きはシュウがいかに特別な存在であるかをはっきりと匂わせている。終生とあるのは彼女がもはや誰の意見にも左右されない絶対的な立場にあるということを示していた。
その声に促されるようにシュウは自らの席で語り始めた。
「今回、集まってもらったのは他でもない。このイベルタルの商業界における長年にわたる懸案事項だった〝在外商人勢力〟の存在についてどう対処すべきか? 結論を出そうと思う。異議のあるものは居るか?」
これすなわち在外商人とはなにか? と言う点においてすでに共通認識が出来上がっていることを意味している。今回の会議の趣旨はすでに事前共有されている。在外商人の存在を公に認める。この点において正式に自治議会の承認と、存在商人にまつわる認定制度作りを決めてしまおうと言うのだ。
議席の右手側、内地商人たちの大多数が沈黙を守る中、1人の男が手をあげた。それは内地商人たちの中でも有数の論客だった。議長がその名前を呼ぶ。
「自治議会議員、ノーマン・ロックウェル君」
立ち上がったのは齢にして30くらいだろう。若さと実力を兼ね備えたいかにも勢いのありそうな人物だった。ルタンゴトコート姿だが、襟元にはクラバットではなくネッカチーフを巻いていた。ブラウンの髪の目立つすらりとしたシルエットの威丈夫だ。
「ご指名頂きありがとうございます。内地商人の立場から質問をさせていただきます」
よく通る力強い声でノーマンは述べる。
「討議発起人にお尋ねしたい。今回の趣旨である〝在外商人の特別承認制度の設立〟と言う問題に対してだが、これを認める上でいくつかの問題点が存在すると私は考える」
そう声にするとノーマンは右手の指を3つ立てた。
「まず1つが〝なぜ、今この段階で在外商人を認めなければならないか?〟と言う点だ。
在外商人の方々が目の前におられる状況でいささか声にはしづらいのだが、在外商人は長年にわたりフェンデリオルの商業界・経済界において、商業活動の〝隙間〟をたくみにすり抜ける〝必要悪〟とみなされてきた。特に経済活動の拠点をフェンデリオル国外に置いているために、フェンデリオル国民として果たすべき〝国防参加義務〟から免除されている。この事についても強く疑問を持っている者が少なくない。この点においても納得のいく説明が必要だと思うがいかがだろうか?」
ノーマンの問いかけに内地商人の人々は少なからず頷いていた。対する在外商人の人々は少々憮然とした表情ながらもその点において説明が必要だということは納得しているようだった。
「2つ目が、どのような認定方法を設けるのか? という点だ。
在外商人の方たちもいわば玉石混交、良心的な方たちも居れば、目を背けたくなるような人倫にもとる連中もいる。それらを選り分け信頼のおける者たちをどう選び出すのか? その方法は極めて重要になる。すでにその策定はできてらっしゃるのであろうか?」
この問いかけにはシュウと在外商人のヘルメスの鍵の面々が視線でお互いにうなづきあっていた。事前に話し合いの鍵を持っていたかのようである。
ノーマンの言葉はさらに続く。
「3つ目が、在外商人の方々と、我々内地商人と面々とで、協力関係を結ぶことでどのような利益が生み出せるかということだ。もちろん利益なくして今回のような提案がなされるはずはない。この点においても我々の共通認識とするためにも是非ご説明いただきたい。私からは以上だ」
発言を終えて着席する。
議長のアダマンは討議発起人であるシュウに言葉を求めた。
「討議発起人シュウ・ヴェリタス君」
「はい」
議長の求めに応じてシュウは立ち上がると、朗々と説明を始めた。
「いずれも重要な質問ですね。1つ1つ説明させていただきます」
シュウは言葉を続けた。
「まずこの段階において在外商人の方々を認めると言う流れになった経緯です。これにはある事件がきっかけとなっています」
ノーマンが問う。
「その事件とは?」
シュウは視線を周囲に配りながら答えた。
「――〝プリシラ嬢拉致誘拐事件〟――」
その言葉が聞こえたとき、会議場の中に大きなざわめきが広がった。
「この時期においてこのイベルタルの街がいかに危険な状態に陥っているか私は痛感いたしました。そしてさらに感じたのは、この街とこの国にそもそも敵対しているのは何者なのか? と言うことです。ここに集まりいただいている皆様方もすでにご理解いただいていると思います。
〝黒鎖〟、彼らの存在がもはや無視できない状況にまで至っているのです。私は事ここに至り、イベルタルの街にとって、だれが味方で、だれが敵なのか? 明確に線引きをする必要が生じたのではないか? そう考えるに至ったのです」
シュウは落ち着き払った声で言葉を続けた。
「ですがそこで改めて問題になるのが、すでに敵であると明確になっている連中は別として、敵として警戒すべきか、味方として改めて協力関係を結ぶべきか、曖昧なままになっていた方々です。今ここに至り、その答えを先送りすることなく明確にするべきだと確信するに至ったのです」
ノーマンが問いかけてくる。
「つまりそれが〝在外商人〟であると?」
「その通りです。
それに、私が所有する大規模商館である水晶宮においても、黒鎖の潜伏者を暴くべく大規模一斉調査を行いました。それをきっかけとして様々な組織や団体において徹底した内部調査が始まったと聞きます。それならば、かねてから懸案だった今回の問題を解決するのは今において他にないそう考えるに至った次第です」
その答えにノーマンは頷いた。
 







