地下牢のネフェルⅢ ―ルスト、怒りをあらわにする―
思えば、生まれついて初めから奴隷として飼育され、組織から逃れられないように刺青を使って心に消えない傷を打ち込まれる。そして10年間、潜伏者として送り込まれて、送り込まれたその先で信頼関係を築き上げるも、その信頼関係を利用されて情報漏洩を強要される。
拒否すれば生みの親の命はない、
従えば潜伏先の恩人を裏切ることになる。
どちらも選べない過酷な選択を選んだすえに、守ろうとした母親のその所在情報は全くのデタラメ。自分のしたことが何の意味もなかったことに彼女の心は許容範囲を超えてしまったのだ。
人間は機械じゃない。心を持った生き物だ。心は傷つく、そして、限界を超えれば壊れる。
人の心はガラス細工のように脆いのだ。
「許せない」
「ルスト?」
「絶対に許せない。人の心を、人生を、ここまで弄ぶあいつらを絶対に叩き潰す!」
私は覚悟を決めた。
「シュウ様」
「どうしたんだい?」
私はシュウ様に告げた。
「申し訳ありませんが、私はここで失礼いたします。自分の任務に向かいます」
「そうかい。気をつけて行ってきな」
「はい。その子のことはよろしくお願いいたします」
「ああ、ネフェルは私が最後まで面倒をみるよ」
ネフェルは指をしゃぶりながらシュウ様の膝の上ですっかり眠りについていた。
「もしかすると、このまま心が壊れたままになるかもしれない。それでもこの子は誰かが守ってやらなきゃいけない。だったらそれは私の役目だ。この館で働くすべての女性たちは私の家族なんだ」
そうだ。この人はそう言う人だ。
すべての使用人を家族のように慈しむからこそ、私も3年前に彼女のもとで再起を果たすことができたのだ。わたしはシュウ様の底しれぬ母性を感じていた。
そして覚悟を決めてシュウ様は私達に告げる。
「あの黒い鎖の連中を絶対に叩き潰すよ」
「はい!」
「もう、この子のような悲劇は産ませない、絶対に断ち切る!」
「無論です、私もそのために全力をつくさせていただきます」
そして私たちはうなずきあう。
「それでは行って参ります」
「気をつけてね」
「はい」
私とプロア、シュウ様たちに丁寧に頭を下げながらその場を後にした。後にはネフェルを優しくなだめるシュウ様の姿がある。
それは被害者だ。悲劇の結果だ。悪意をもって暴力を広げるあいつらの犠牲者だ。
もうこんな悲劇は広げちゃいけない。
私は自らの中にそう覚悟を決めたのだった。
私は、地上階に戻るとウィーラ侍女長やメイラを探して声をかける。出発を告げて2人に事情を話した。
メイラが言う。
「承知いたしました。道中お気をつけて」
ウィーラが語りかけてくる。
「ご武運を」
「はい、では行って参ります」
私は手荷物を受け取るとプロアとともに水晶宮をあとにした。
そして、水晶宮の建物から外へと出たときだった。
「来たな?」
聞き慣れたドルスの声がする。
「隊長、みんな揃ってるぜ」
水晶宮の入口前には私が信頼するイリーザ部隊の仲間たちが揃っていた。
「ご苦労さまです。それでは昨夜の打ち合わせどおりに、各自、行動を開始してください」
私のその声に皆の声が一斉に返ってくる。
「了解!」
そして、カークさんが力強く言った、
「それじゃ、行こうか!」
「はいっ!」
私たちの近くには、馬車業者のチハヤさんが仲間を連れて待機してくれていた。馬車の台数は3台、そして、私たちはこれから2手に分かれることになる。すなわちオルレア組と、イベルタル残留組だ。
私はイベルタル残留の4人に声をかけた。
「皆さんの滞在先については、私のイベルタルでの隠れ家を使ってください。私の小間使い役のメイラが対応いたしますので」
私がそう告げれば、イベルタル残留組は頷いていた。彼らを代表するようにゴアズさんが言った。
「ありがとうございます隊長」
パックさんが告げる。
「隊長もお気をつけて」
「はい! それでは!」
私たちはそれぞれの馬車に乗る。イベルタル残留組は2台に分乗して。オルレア組は4人で1台に。
そして、私は馭者に告げた。
「トルメント停泊場へ」
そして私たちはそれぞれの場所へと向かったのだった。







