施設正面制圧班、ルドルス・ノートン
その男はサボり魔だった。
無気力となまけの権化、やる気のなさは天下一品。
傭兵界隈のお荷物・鼻つまみ者、散々な言われようの男だった。
だが男は変わった。
一人の女性と出会い向かい合ったことで。
――ルドルス・ノートン――
二つ名は〝ぼやきのドルス〟
今では有能な参謀役として、私の右腕として活躍している。
もっとも未だにぼやき癖は変わらないが。
今回の作戦で彼は正面制圧を任せられていた。
彼自らの発案で20名規模の正規軍銃歩兵部隊を訓練しこれを編成した。
彼主導で銃火器強襲制圧部隊を作り上げたのだ。
精術武具を用いた犯罪勢力に対して、あえて精術武具ではない通常火器部隊をぶつける。それが彼が作戦にあたって意図したことだ。
彼は、隊長である私の作戦実行における意図を分かっていた。
深読みと洞察力は彼の最大の武器だったのだ。
彼が待機していたのは、制圧対象の施設を取り囲む雑木林の中だ。
正面制圧班を構成する銃歩兵に通常の軍装とは異なる服装を与えたのも彼の発案だ。
黒系の革ジャケットと黒のズボン、中に着ているものは防寒を兼ねた黒のカシミヤのセーター。
襟には焦げ茶のマフラーを巻き、頭には耳まで覆うケープハットをかぶせている。
足にはブーツ、手には黒い革手袋をハメさせる徹底ぶりだった。
彼には意図があった。
そのためのコーディネートだった。
彼は今回の作戦を行うにあたり、かつての古巣の正規軍にある依頼をしていた。
すなわち、
――歩兵を2週間特訓して、20名選抜させて欲しい――
軍外の一介の職業傭兵の言葉に1度は難色を示した正規軍だったがドルスの上司であるルストの口添えもあって彼は53名の歩兵を集める事ができた。
そして、必要な銃器が与えられ熾烈な選抜訓練が実行された。
その新型装備を与えられた兵たちを、彼は2週間猛特訓した。33名が脱落し原隊復帰、そして残った20名が本作戦に配備されることとなる。
ドルスは平凡な歩兵を、促成とはいえ、いっぱしの特殊部隊隊員に見事に仕立て上げたのだ。
今夜は彼も銃歩兵たちと同じ服装をしていた。
マフラーを顔の下半分を隠すように巻いていた彼は静かに立ち上がりながら、周囲の歩兵たちに語りかける。
「よし、くそ野郎ども。仕事の時間だ」
その言葉と同時に身を潜めていた制圧部隊の隊員たちが一斉に立ち上がる。
普段なら鉄色と呼ばれるダスキーグリーンのフラックコートを身につけているのだが、広い平原の大軍団方式ならいざ知らず、闇夜に潜むことを旨とした強襲部隊ならば目立つ色は邪魔でしかない。
ドルスが兵たちに最初に叩き込んだのはそれだった。
ドルスは兵たちの戦意を鼓舞するように言った。
「俺たちの仕事は何だ?」
その問いかけに一人が答えた。20人の中で唯一の女性だ。
「ゴミ掃除です」
「そうだ、クレスコ伍長。この世のどぶさらいだ。金目の物を無断でかき集めて国の外へ勝手に持ち出そうとする。紛れもなくこの世のゴミクズだ。俺たちはそれは掃除するゴミ掃除だ」
だが、ドルスはその手に携えていた長銃を両手で構えた。
「だが、俺たちはただのゴミ掃除じゃない」
ドルスの動きに習って兵たち長銃を構えた。
「この世をきれいにする正義のゴミ掃除だ」
ドルスの動きを見て、先ほど答えたクレスコ伍長が全員に命じた。
「全員装備確認」
両手に携えていたライフルを最終確認する彼らに、ドルスが告げる。
「正規軍の兵器工廠の最新式だ。使用法の習熟訓練は手にマメができるほどやらせたはずだ。今のお前らなら目を閉じても扱える」
与えられていた装備はリボルバー弾倉ライフル。
回転式の弾倉と金属薬莢を組み合わせた物だ。
装弾数は7発、当然ながら予備の弾丸も多数備えている。
猛特訓の結果、彼らにとって手足の一部と言えるほどになっていた。
「いいか忘れるな? 今回の俺たちの成果は今後の正規軍の装備大系に影響を与える。精術武具偏重の傾向を改めるきっかけになる」
「はっ!」
「一人でも多く敵対存在を排除しろ。銃こそが戦場の正義だと知らしめろ。俺たちが新たな時代の先駆けとなる」
彼らの眼前をバロンが放った三本の矢が通り過ぎた。
「そらきた! 露払いのかがり火だ!」
バロンの矢が周囲警戒のためにうろついていた3人を倒した。それが合図となる。
ドルスが視線でクレスコ伍長に合図する。
それを受けたクレスコが部隊員に命じた。
「撃鉄上げ! 銃構え!」
その言葉と同時に全員が一斉にリボルバーライフルの撃鉄を操作した。
――ガチッ!――
「突撃!」
クレスコの叫ぶ言葉とともに21人が一斉に飛び出していく。
先行して2名の銃歩兵が進み出る。構造物破壊用の可搬式榴弾砲を所持している隊員だ。
固く閉ざされた重い木製扉を、口径の大きい榴弾砲二丁が一気に破壊する。その勢いのまま制圧対象の建物の中へとなだれ込む。
なだれ込む先は半地下階。その先に制圧対象である密輸組織の活動拠点があるのだ。
ドルスは間断なく指示を下す。
「クレスコ! お前は5名で1階部分の確認に向かえ!」
「了解! 第一班! 私に続け!」
クレスコが残り4名を率いて一階フロアに上がっていった。
「残りは半地下階だ! 自ら降伏をしない者はすべて強制排除だ! ドブネズミ退治に遠慮はいらねえぞ!」
隊員である兵たちは無駄口を一切叩くことなく、ドルスの指示に正確に従い、成果を着実に上げていく。
それはまさに見敵必殺、害獣を狩る屠殺人のように彼らは敵対存在を排除して行った。
「1階層、敵3名確認! 敵対行動確認のため強制排除完了!」
1階での行動を終えて内部階段からクレスコたち5名が降りてくる。同時に半地下階での制圧行動も着実に進んでいく。
「こちら2名確認! 即時降伏のため身柄確保!」
「中央通路脇室内にて3名確認! 火精系精術武具による反撃のため応戦! これを排除!」
「5名視認しましたが、雷撃系精術武具による反撃のため1名負傷! 他複数の精術武具を確認! 応援願います!」
ドルスのもとに続々と報告が上がってくる。
「いいか! 圧力を加え続けろ! 中にいる連中をあぶり出せ!」
それがルストが作戦の上で意図した銃歩兵の本当の役割だった。
――敵に対する圧力――
そのために彼らを集めて編成した。
ドルスはそのことを理解した上で、ルストの右腕として十分すぎる成果を示しつつあった。
「クレスコ! 5名確認の地点に応援に迎え!」
「了解です!」
「守りの厚さからそこが隠し階への入り口の可能性が高い! 絶対にそこを突破しろ!」
「はっ!」
クレスコは若い女性の身でありながらたくみに隊員たちを指揮してドルスの意図を実行に移していく。そこには男性も女性も優劣はなかった。
ドルスも複数の隊員たちとともに一つ一つの部屋を確かめて行く。
「降伏受け入れは無力化が先だ! 武器を隠し持っている可能性もある! 絶対に気を抜くな!」
そして〝おとり〟としての彼らの行動が、潜伏していた敵対存在に行動を促した。
制圧作戦は次の段階へと進もうとしていた。
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