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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
特別幕:水晶宮、使用人を全員あらためるの件について
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地下牢のネフェルⅡ ―ネフェル、その壊れる心―

 私が進み出てそっと声をかける。


「残念だけど、あなたのお母さんの所在を突き止める方法はありません。おそらくだけどあなたのお母さんは地下犯罪組織に拉致されて無理やり子供を産ませられているんだと思います。黒鎖の極秘内部情報になるので組織を壊滅させても詳細につき止めるのは至難の技になります。黒鎖ははなからあなたに事実を伝えるつもりはなかったんです」

「う……うう……」


 下を俯いたままで彼女は泣き始めた。大粒の涙が床へと落ちる。


「お母さん――、お母さん――、お母さん――、会いたかった――、一度でいいから会いたかった――」


 私はどう言葉をかけていいかわからなかった。いつぞやの闇夜のフクロウのボスに祭り上げられていたパリスを思い出したが、彼女の場合は母親が存命であり再開できる可能性があるだけまだマシだ。でも彼女は――


「うっ――ひっく――お母さん――お母さん――お母さん――お母さん――」


 自分の人生の恩人を裏切ってまで母親を助けようとした。罪の意識に押しつぶされそうになりながら脅迫に屈した。でも、その母親の情報はまるででたらめで生きているかどうかは全くの不明。おそらくは別な理由で処分されている可能性もあるだろう。

 一体何のために恩人を裏切ったのか? その裏切りにはなんの意味もない。

 私でも、プロアでも、かける言葉が見つからなかった。

 だがそんな時だ、


「私に代わりな」


 強い言葉、優しい言葉、私を押しのけてシュウ様が進み出る。


「ネフェル」

「シュウ様――」


 ネフェルのすぐ近くにまで歩み寄って両ひざをつく。そしてシュウ様はネフェルの前で両腕を広げる。


「安心おし。あんたのお母さんなら居るよ」

「えっ? でも居ないって――」


 戸惑うネフェルを正面から見つめながらシュウ様はそっと呟く。


「ここに居るだろう?」


 そして、シュウ様はネフェルを強く抱きしめながら、思いの丈を込めてこう告げたのだ。


「私があんたのお母さんになってやる!」

「―――! シュウ様……」

「あんな連中にもう振り回されちゃだめだよ。昔のことは全部すっぱり忘れな。忘れられるように私が守ってやる。私があなたの母親になってやる。いいね?」


 それは覚悟の言葉、慈しみの言葉、嘘偽りのない守ろうとする言葉。


「シュ――」


 シュウ様と言いかける。言葉が止まる。沈黙の後に大きく息を吸い込み、戸惑い気味にネフェルはそっと呼びかけた。


「お母さん」

「ネフェル」

「ありがとう――、あなたのところに巡り会えてやっぱり本当に良かった――、〝お母さん〟ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたを裏切って――」


 詫びの言葉にシュウ様はネフェルの頭を撫でながら優しく語りかける。


「大丈夫だよ。誰も死んじゃいないし、結果として大した迷惑にはならなかった。取り返しはついた。あんたが気に病む必要はどこにもないんだ」

「ごめんなさい――ごめんなさい――」

「大丈夫だよ。もう、アンタに悪いことをさせようとするやつは居ないから。〝お母さん〟が全部、やっつけてあげるからね」

「――うっ――ありがとう――怖かった――とても怖かった――怖かったよぉ――」


 ネフェルの心のなかの一番奥にあった物――それは〝恐怖〟だった。彼女は庇護者からの最大の赦しを得て、大声を上げて泣き出したのだった。


「うぁああああああああんっ――ああぁぁぁ――」


 泣きじゃくり続ける彼女を、シュウ様は強く抱きしめる。そしてその背中を撫でながら、子供をあやすようにそっと呼びかけた。


「ネフェル、もうゆっくりと休みなさい、あんたを怖がらせる黒い鎖は私が断ち切ってあげる。〝お母さん〟が必ず守ってあげる。だから今はゆっくりと休みなさい。いいね?」

「うん――わかった――」


 ネフェルはシュウ様にすがりついていた。そして、すすり泣きながらまるで赤子のように甘えていた。シュウ様は彼女を抱きしめたままベッドに一緒に腰をかけると赤ん坊をあやすようにネフェルをベッドに寝かしつける。

 良心の呵責に押しつぶされそうだった彼女は〝赦し〟を得て、ようやくに安堵した。

 いや、そうではなかった。さらなる悲劇はこの後に訪れたのだ。


「ゆっくりとお休み。後でご飯持ってきてあげるからね」

「はーい」


 答える言葉の抑揚はまるで子供がお母さんに甘えるかのような。彼女の顔を伺い見れば、涙で濡れていたが子供のように笑みを浮かべていた。

 それはまるで子供そのもの、罪の意識に怯えていた時とは打って変わって〝お母さん〟と言う言葉に完全に逃げ込んでしまっていた。その彼女の髪の毛は撫でながらシュウ様は語りかける。


「何か食べたいものはあるかい?」

「ケーキが食べたぁい」

「わかったよ。今、持って来てあげるからね」

「はーい」


 その時、ネフェルは自分の親指をおしゃぶりのように吸いながら赤ちゃん言葉のように答えた。その事実に私は愕然とした。


――幼児退行――


 あまりに強いショックのあとに、ようやく訪れた安堵の気持ち――

 その落差の激しさに心が壊れてしまったのだ。現実を拒否して、シュウ様が与えたお母さんと言う言葉にすがりつき現実の認識を完全に拒否したのだ。


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