ルストとシュウの朝食[後編] ―シュウの狙い目―
「影響力のある事実――」
私は驚いてつぶやいた。
「たしかに、シュウ様のお膝元であるこの水晶宮でそうした徹底した臨時検査をやったとなれば、イベルタルの中心地では強い噂となって一気に広がりますよね。当然それに触発されて『自分の所でも一斉検査をしよう!』と考えるところが必ず出てくるでしょうし」
「そういう事さ。色々なところの商館やお屋敷などで様々に形を変えて身体検査が行われたそうだ。花街の娼館や高級酒房では、働いてる女性たちの方から店の支配人たちに『今夜中に検査をしてほしい』と申し出るところが殺到したそうだよ」
なるほどよく分かる。
「確かにそうなりますよね。店の中の一斉検査が他より遅れたり、やらずに済ませたとなれば、常連客や取引先から『この店は大丈夫なのか?』と疑われるきっかけを作ることになります」
「そういう事さ。実際、色々な事件が次々に起きている。
ある館じゃ複数いる下級執事の1人が私物をそのままに姿を消していた。
ある商人の館では2人ほどの邸宅侍女が自分が潜伏者だと自首してきた。
他にも刺青が分かって周囲から追求されて逃げようがなくなって事実を認めたケースもある。
おそらくこのままでは黒鎖が作り上げた潜伏者の仕組みは当面の間まともに機能しなくなるだろう。やつらの目と耳が塞がれた状態になったのさ」
「絶好のチャンスですね」
「いやいや、まだまだだよ。これからもっと影響は広がる。なんて言ったって、この私の高級商館の水晶宮が直々に動いたんだ。イベルタルの全体が何かしらの動きを見せるようになるのは当然のことさ」
「まさに切り札ですね」
「そういうことさ。1人2人の潜伏者が組織を裏切れば見せしめに殺すことも容易い。しかし街全体に放っておいた複数の潜伏者が10も20も一斉に機能しなくなったら? それを処罰しきれるかい?」
そう言いながらシュウ様はニヤリと笑った。
「当然できませんよね」
「そういう事さ。ただ、この流れのきっかけとなったうちのネフェルは、事の発端となった人物として恨まれて狙われることになるだろう。今回の事件が落ち着きを見せるまで絶対にここから出しちゃいけない。あの子を守るためにもね」
そう言い放つシュウ様は真剣だった。そしてその顔は自らの娘を守り慈しむ母親の顔、そのものだったのだ。
そしてそこで再び、メイラの事が話題に登った。
「それにしても、あんたの小間使い役のメイラという彼女だったか。本当に美しい子だね」
「あら、そんなにお眼鏡に適いましたか?」
私は少し驚きつつも尋ね返す。
「ああ、正直自分のところで育ててみたいと思ったくらいさ。とは言えそういうのは仕事柄、職業病みたいなもんだけどね」
「ああ、やっぱり、そうなんですね」
私は思わず笑ってしまった。
「ああ、街中を歩いてても通りすがる若い女の子を見るたびに値踏みしてしまうのさ。
この子はダメだとか、この子はイケそうだとか、この子は必ずものになりそうとか、見てくれはアレだけど磨けば光るとか、自然に頭の中に湧いてくるんだ。自分でも呆れてるよ」
そう言いながら彼女は苦笑した。でも私は言う。
「それでも、それがあったからこそ、私は3年前にシュウ様にお救いいただいたんです。あの時のことは今でも感謝しています」
「そうかい」
「はい。ですから、今度の作戦でイベルタルの街に平穏を必ず取り戻したいと思います。それがシュウ様に対して私ができる一番の恩返しです」
その言葉に喜びとも寂しさともとれる微妙な表情を彼女が浮かべていた。そして一言、
「ありがとう」
――とだけつぶやいたのだった。
シュウ様は話題を変えるように言った。
「それと、さっきも話したネフェルって子の事だけどね。あんたが出立する前にもう1度会ってもらいたいんだ。あの子に関して色々とわかったことがあってね」
「つまりは彼女に対する処分を見届けてほしいということですね?」
「そうだ」
シュウ様ははっきりと頷いた。
「分かりました。是非同席させていただきます」
「助かるよ。それじゃあまり時間をかけても仕方がないから食事を終えたらすぐにあの子に会いに行くよ」
「はい。わかりました。そのように」
あの悲惨な生い立ちの彼女に対して新たにわかった事実があるのだ。
それから、朝食を終える頃にはメイラも再び現れる。彼女の手を借りていつもの黒の傭兵装束に着替える。そして、再び、シュウ様のところに顔を出す。
「おまたせいたしました」
すると朝食室にはいつ来たのかプロアの姿もあった。
「プロア?」
「よう」
黒茶の入っているカップを手にしながら明るい声が返ってくる。その彼の傍らから、シュウ様が説明をする。
「昨夜のうちに事情を話して、うちのネフェルの件について調べてもらったんだ。数日かかるかと思ったら、もうわかったって言うからさ」
「まぁ、そんなに難しい案件じゃなかった。そのネフェルって子の置かれた事情についてならな」
「そう、忙しい所、ありがとうね」
「いいってことさ。それより」
プロアは立ち上がり、シュウ様も立ち上がる。
「あぁ、それじゃ行こうか」
「はい」
私たちは地下牢へと向かった。







