使用人ホールにてⅤ ―45人の身体検査終わる―
シュウ様は判明した事実を滔々と述べ始めた。
「なるほど、母親と引き離して劣悪な環境で育て、外に奉公に出せそうな年齢になると組織に逆らえないように無理やり刺青を彫って、潜伏者に仕立て上げて送り込む。長い年月、普通に使用人として務めさせて誰も疑いようのないような信頼と実績を積み上げさせる。そして、本当に重要な局面で一度だけ命令に従わせるってわけかい」
「母親の命と言う絶対に逆らえない脅迫を行なった上でですね」
「ああ、拒否すれば生みの親の命はない。かといって命令を実行するには、10年間の暮らしの中で培った信頼の絆を裏切ることになる。どちらを選んでも心の中に抱えきれない重荷を背負うことになる」
「そこで〝情報提供くらいなら〟と、要求に屈してしまったんですね?」
私の言葉にネフェルは弱々しく頷いた。
「嫌だった。あんな連中の命令には従いたくなかった。だって、豚小屋よりひどい暮らしをしていた私を、あんなに丁寧に文字の読み書きから挨拶の仕方まで教えてくれたのはシュウ様だったから。今胸を張って仕事ができるようにしてくれたのはシュウ様だったから! 裏切りたくはなかった。
でも、生みの親が生きている。でも組織の言うことを聞かないと指一本じゃすまないかもしれない――、どっちを選んだらいいか分からなかった。情報提供くらいならと自分の心が負けてしまったんです」
ネフェルは顔を上げて涙でくしゃくしゃに崩れたその顔でシュウ様にお詫びの言葉を口にした。
「本当に申し訳ありません。まさかあんな事件になるなんて」
その顔は絶望で張り詰めていた。このまま放置すればネフェルは間違いなく自ら死を選ぶだろう。取り返しのつかない過ちを清算するために。
だが、そんな彼女を強く抱きしめたのは他でもないシュウ女史その人だったのだ。
「ネフェル、つらかっただろう? 指の先くらいの小さな刺青なら消すこともできるけど髪の毛の地肌じゃ肌を焼いて無理やり消すこともできない。自分の心に降ろしようのない重荷を背負っていたんだね」
「申し訳ありません――」
「もういいよ。あなたの辛い胸の内はよくわかった。当分の間はその身柄を拘束させてもらうけど悪いようにはしない。今はおとなしくしているんだ。いいね?」
「はい」
私も彼女に尋ねた。
「後ほど詳しく調書を取らせてもらいます。可能な限り事実を伝えてください。それにより情状酌量が与えられることになります。それとあなたの身の安全を図るために拘束と収容が行われます。
シュウ様、たしかこの建物には地下牢がありましたよね?」
「ああ、あるよ。本当は使いたくなかったんだが、この子の安全を守るためには仕方ないね」
そして、ネフェルは私達に何度も丁寧に頭を下げながら、すでに検査を終えた2人の侍女の手で地下牢へと運ばれていった。
暗い雰囲気で包まれていた使用人ホールの中でシュウ様が強く宣言する。
「さ、残りの9人、身体検査をさっさと済ませちまうよ」
「はい!」
予想外の潜伏者発覚にもかかわらず集まっていた侍女たちは動揺も見せずに元通りの雰囲気へと戻っていく。そして残りの9人も手早く粛々と着衣を脱いで身体を確かめに行く。
さすがにここまで来ると見習いに近い子たちばかりだった。それでも、体の美しさに磨きが入れられていたのはさすがと言うほかはなかった。
そして総勢45人、全ての侍女たちの身体検査が終わったのだった。
ウィーラ侍女長が宣言する。
「ご報告いたします。総数45名、うち2名刺青を確認、さらにそのうち1名を地下牢にて拘束いたしました」
「ご苦労。それじゃ、全員持ち場に戻っていいよ。リリアンは自室に戻ってそのまま当面謹慎だ。外部との連絡も調査が完了するまで禁止になる。いいね?」
「はい、わかりました」
部屋の片隅から落ち着いた声が聞こえてくる。リリアンはすっかり落ち着きを取り戻しているようだった。
解散が命じられて続々と部屋から出て行く。私はその時、気づいたあることをシュウ様に問いかけた。
「そう言えば男性使用人の方たちは?」
「男たちかい? アシュレイとレギオ大佐に協力してもらって、男たちだけで調べてるよ。まさか男をひん剥いてるのに女の私が顔を出すわけには行かないだろう?」
なるほどわかりやすい答えだった。
「それもそうですね」
私は笑って頷いたのだった。







