狙撃担当、バルバロン・カルクロッサ
制圧対象となるその建物は周囲を針葉樹の大木の雑木林に囲まれていた。
意図したわけではないだろうが、その木々が周囲に対するカモフラージュとして機能していた。
その建物に何者が出入りし、その内部で何が行われているのか、容易につかむことはできない。
しかしだからこそ、犯罪や悪事を行うには最適な場所であると考えられる。
建物を囲む針葉樹林の大木の一つの樹上に登り、狙撃ポイントを確保していた一人の男はそう思った。
彼はかつてフェンデリオル正規軍最高の弓狙撃手と称されていた。比喩でもなんでもなく、軍の戦史教本にその名が記載されるほどである。
そんな彼も今は正規軍を離れ、職業傭兵として身を立てていた。
持ち前の弓の技を最大の武器として。
――バルバロン・カルクロッサ――
二つ名は〝一本道のバロン〟
今や彼は、軍最高ではなく、国家最高の狙撃手とまで噂されていたのだ。
周囲の状況に紛れ込んでその身を隠すのは狙撃手の基本中の基本だ。ぼろ布・木の枝・泥・毛皮……ありとあらゆる物を利用して自分の姿を周囲の景色に紛れ込ませる。
今回は木の枝とその幹に自分を溶け込ませることにした。
目の粗い網を全身ですっぽりとかぶり、その網に木の枝を絡ませていく。肌の色が光を反射をしないように目だけを露出させた黒い布を頭からかぶる。
その状態で愛用の弓を構える。
それは600年前の古い時代から継承され続けてきた、いにしえの弓形精術武具だった。
【銘:ベンヌの双角】
【系統:風精火精複合二重属性】
【形式:大弓型、600年前から継承されてきた逸品】
ベンヌの双角は火と風の特性を併せ持っている。
二つの特性をどう活かせば、その弓の力を最大限に発揮できるか? バロンは完璧に把握していた。
腰脇に下げた矢立てから、3本の金属矢を取り出す。鉄ではなく軽金属で作られた特殊な矢だ。
それを3本同時に弓につがえる。
そして彼は意識を弓と矢そのものに集中させる。
彼の口から精術発動のための聖句が詠唱された。
「精術駆動」
バロンは弓の弦を引き絞る。
――キリキリッ――
矢の狙いを上方向へと向けた。
「精術 ―陽炎―」
その詠唱とともに矢が放たれる。
3本同時に空中へと射放たれた〝矢〟は弓の常識を超えて想像だにできない軌道を描いて飛んだ。
大きく弓なりの軌道を描いたと思うと、まるで自らの意思があるかのように矢の切っ先を、施設の周囲にうろついている3人の男に狙いを定めた。
「捉えた」
バロンが呟くのと同時に金属の矢は突如炎を吹き上げて壮絶な勢いで目標の急所を貫いた。
自らの意思を持ったかのように矢が動いたこと、
まるで弾丸のように炎を吹き上げ死傷したこと、
いずれもベンヌの双角の精術の力だ。
風とは意思、矢に術者の意識を宿らせる。
火とは力、矢に常識を超えた力を与える。
この二つを得て、まるで自らの意識を持ったかのように矢を飛翔させて目的を果たすのだ。
一人は頭部を、
一人は喉笛を、
一人は背面から心臓を、
確実に狙い撃って絶命させる。
樹上にはバロンより少し下の位置に正規軍の通信師が控えている。彼もバロン同様に周囲に紛れ込むために偽装を施していた。
バロンは彼に向けて告げた。
「狙撃成功」
「了解。ルスト隊長に打伝します」
バロンは役目を果たしたのだった。
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