臨時合同作戦会議Ⅶ ―ヘルメスの鍵、集まる―
これで主だった情報は皆と共有し合ったことになる。話し合いをまとめようとしたその時だった。
「失礼いたします」
会議室の外から声がする。それに反応したのはシュウ女史の一番の側近であるアシュレイさんだった。立ち上がり振り返って声を発する。
「何事ですか?!」
「在外商人のレグノ様へのご面会の方がお見えになられております」
「名前は?」
「マーヴィン・ラウド様、以下3名、ヘルメスの鍵の皆様でらっしゃいます」
その言葉にアシュレイさんの視線が私とシュウ女史に投げかけられた。私たちはうなずいた。
「お通ししてください」
「かしこまりました」
扉の向こうのやり取りの後に会議室の正面入り口が開かれた。そしてそこから現れたのは私が高級酌婦として応対させていただいたヘルメスの鍵の残り4人の方たちだった。
会議室の中に入ってくるなり声を発したのは一番ガタイの良いマーヴィンさんだ。
「会議中失礼するぜ。在外商人集団の〝ヘルメスの鍵〟だ。ここに集まっている連中に有益な情報を持ってきた」
そこにはレグノさんを除く残り4人のヘルメスの鍵のメンバーが揃っていた。まず進み出てきたのはマーヴィンさんとニルセンさんだった。
2人の手には書類の束が握られている。本来それが収められていただろう紙製の封筒が添えられている。
それをシュウ女史に差し出しながらニルセンさんが説明を始めた。
「対黒鎖の作戦会議の席に最もふさわしい書面かもしれません」
シュウ女史はその書面を受け取りながら問い返した。
「これはいったい?」
穏やかな笑みを浮かべながらニルセンさんはこう答えた。
「商業都市イベルタルにて活動している在外商人集団の中でも実績に優れ特に評価の高い14団体の全員の名前が記された〝連判状〟です。今回の黒鎖への反撃を試みるにあたり掛け値なしで是非協力させてほしいと名乗りを上げた者たちです」
そこにさらにマーヴィンさんが畳み掛けた。
「在外商人と言えどこのイベルタルで商売をしている以上、関心もあれば愛着もある。ましてやあの黒い鎖の連中には苦い思いを抱いてる奴は決して少なくない。特に、先だってのプリシラ嬢拉致事件が引き金となりこれ以上は黙っていられないという思いを抱くに至ったんだ」
ニルセンさんは自信ありげに笑みを浮かべながら言葉を添えた。
「そこで我々の目から見ても確実に信用がおけると判断した有力14団体に1つ1つ足を運びこの連判状を集めてきたというわけですよ」
そしてマーヴィンさんが力強く告げた。
「これが俺たち在外商人のこの街に対する偽らざる思いだ。今回の一件、是非協力させてほしい」
2人の言葉を前にしてシュウ女史は立ち上がると2人のもとへと歩み寄り連判状の束をしっかりと受け取った。
「ありがたく頂戴いたします。是非ご協力いただきたい」
「無論です」
「必ずこの街に商業都市としての繁栄と平穏を取り戻しましょう」
そう言葉を交わし愛握手を交わしたのだった。
さらにその後ろから姿を現したのは、残り2人のアルシドさんとカルロさんだった。2人の視線は私の方へと向いていた。その緊迫した表情からただ事ではない状況が起きつつあることを悟った。
アルシドさんが緊張した面持ちで語り始めた。
「エルスト君、君が追っているケンツ博士に関する情報だが、非常にまずいことが起きている!」
彼の言葉に皆の視線が集まる中、私は問い返した。
「どういう事ですか? ご説明をお願いいたします」
「うむ、単刀直入に言おう。我々ヘルメスの鍵との交渉に失敗したケンツ博士は、黒鎖直下の偽装団体と接触してしまった!」
「なんですって?」
「これによりケンツ博士はその行動のすべてを黒鎖に掌握されている状態にあると強く推察される」
それに言葉を添えたのはアルシドさんに同行していたカルロさんだ。
「何より最も問題となるのが、イベルタルでのケンツ博士の仮住まいに彼の妻子が住んでおらんのだ」
「えっ?!」
これにはさすがに私も驚いた。会議室の中もかすかにざわめき始まっている。
「ケンツ博士の奥方には会ったことがあるが、非常におとなしく自らの置かれてる状況に対して従順なお方だ。その性格から言って無理に抵抗するようなことはしない人だ」
「まさか、黒鎖に拉致?」
「その可能性が高いだろう。それに何よりもっと問題となるのが、ケンツ博士が脅迫を受けている可能性だ」
アルシドさんも語る。
「その観点から言ってケンツ博士が首都オルレアに戻ったのは、脅迫を受けての行動である可能性が極めて高い」
そこまで話を聞いて私はある直感を受けた。
「まさか、ケンツ博士の現在の行動目的は――精術?」







