ルスト、ブリゲン局長に報告する
私は局長との連絡を取ることを考えた。だがそこで気づいた。
「あ! 私の荷物!」
高級酌婦として訪れた銀虹亭で私は、持参していた手提げ小物入れを置いてきてしまった。あの中に携帯用の小型念話装置も入れてあるのだ。
「どこに行ったっけ……」
さすがに焦りを感じながら途方に暮れていると部屋の扉が開く。
「どうなさいましたか? お嬢様」
「メイラ」
メイラがちょうど戻ってくれた。
「私の手荷物、どこに行ったか知らないかしら?」
「こちらですか?」
メイラが手にしていたのは私が使っている手提げ小物入れだった。それを私に手渡しながら彼女は言った。
「お嬢様が酌婦として向かったお店に置かれたままになっていたのでアシュレイ様が預かっておられました」
「そうなの? でも助かったわ」
そう答えながら私は中を確かめる。なったものはそのまま残っていた。当然あれも。
「あった!」
取り出したのはあの愛用の小型念話装置だった。
「よかった、そのまま残っていた」
「紛失したら大変なことになりますものね」
「ええ」
そう答えながら念話装置を操作する。かける相手はもちろんあの人だ。
水晶パネルの上を指を滑らせてある番号をセレクトする。私の裏の上司であるブリゲン局長のところだ。数回呼び出しシグナルが鳴って念話の中から声がした。
『私だ、ブリゲンだ』
『ルストです』
『どうした何があった?』
その問いかけに私は一呼吸おいて気持ちを整えるとこう報告した。
『ご報告します。単独任務の件についてです』
『ほう?』
その局長の声からは、私を責めるようなニュアンスは無い。どこか面白がってるような口調がある。
『調査対象に関する潜入作戦を行っている際に拉致事件に遭遇、拉致され、イリーザ部隊の仲間により救出されました。そしてこれより仲間たちに私の単独任務のことが――』
私は局長に告げた。
『バレました』
私は意を決して事実を報告した。その結果向こう側から帰ってきた答えは――
『ほう? 案外長かったじゃないか? 仲間たちに露見するまでが』
『は?』
『お前の仲間ならもっと早く、お前の事を嗅ぎつけると思ったんだがな』
『えっ? どういう意味ですか?』
ちょっと待って何を言ってるかわからない。
『ん? 言ったそのままだよ。俺個人としたらお前の仲間の優れた技量だったらもう少し早く見つかるかもしれないと思っていたんだ。だがもう1つの可能性も考えていた。お前の単独任務について感づいていたとしても〝お前の意思を尊重して〟黙って見ていたというところだろうな』
『そこまでお分かりでしたか』
『ああ、そして今回の拉致騒ぎについてもな』
うっ、やっぱりだ。局長はちゃんと知っている。
『ご存知でしたか』
『ああ』
『どこまでご存知なのですか?』
『お前がレイプされかけるところまでだ』
『そこまで伝わっていたんですね』
『ああ』
そして一呼吸おいて局長の優しい声がする。
『〝傷〟は残ってないか?』
傷――、その言葉がものすごく意味深に私の耳に響いていた。私は自分の体にかけられている寝具を片手でぎゅっと握りしめながらゆっくりと答えた。
『ありません。仲間たちが非常に優秀だったので。ですが拉致のさいに毒を飲まされました。今現在そのための治療を受けています』
『そうか』
その言葉には安堵するような響きがあった。
『無事で何よりだ』
『ありがとうございます』
そして局長は告げる。
『お前の今回の潜入調査に関しては、お前の実家筋から問い合わせがあった場合、私が全て責任をとる。お前は一切気にするな。いいな?』
予想された通りだ。メイラが報告してくれたおかげで局長の根回しは既に終わっていたのだ。
『ありがとうございます』
『礼などいらん。次はもう少し慎重に行動しろ。いいな?』
『おっしゃる通りです。肝に銘じます』
『うむ』
これでこの話は終わりだ。そしていよいよ本題だ。
『つきましては局長、お願いしたいことがあります』
『なんだ?』
『ここから先、事態を認識した仲間たちから任務に参加したいと言う意思表示を受けています。彼らの意思を尊重したいのですがいかがでしょうか?』
局長は、念話の向こうで軽くため息をついていた。
『はっきりと言え。仲間に参加させろとごねられたとな。かまわん。事ここに至ったらそうせざるを得まい』
『恐縮です』
『いまさら嫌だと言っても全員こき使うから覚悟しておけと言っておけ』
『局長、お手柔らかにお願いします』
『さぁ、どうかな?』
私たちは思わず笑い声を漏らした。そして局長はある事実を告げてきた。
『イベルタルでの黒鎖の暗躍状況は想像以上に深刻なようだな』
『はい、黒鎖の現地首魁である古 小隆は着実に支配体制を確立しています。現段階で徹底的に叩いておかなければなりません。彼らの支配網の拡大を許せば取り返しのつかないことになります』
私のこの報告を聞いて局長は再び思案していた。だが意を決してはっきりと明言した。
『分かった。制圧と〝殺害〟を許可する』
つまり、徹底的かつ最終的に叩けというわけだ。
『ありがとうございます。早速行動に移らせていただきます』
『頼むぞ。必要な支援があればいつでも言ってこい』
『はい。了解です』
そしてさらに局長は言った。
『それと、朗報がある』
『朗報ですか?』
『ああ』
局長は意味ありげにつぶやいた。
『先だってお前から打診があった〝裏社会勢力との連携〟だが、軍警察本部の責任においてこれを了承するとの極秘判断が下った』
『本当ですか?!』
私が以前、プロアから内密に頼まれた表社会勢力と裏社会勢力の連携による共同作戦の申し出についてだった。これについてブリゲン局長に根回しをお願いしておいたのだが、これが実を結んだということなのだろう。
『責任所在は軍警察本部と犯罪取り締まり第4局とになる。そしてこれをフェンデリオル正規軍幕僚本部が連携承諾する形となる』
『ありがとうございます!』
『喜ぶのはまだ早いぞ。〝超法規的判断による特別連携行動〟だが、その実働報告と見届けに関してはお前が担当することになる。表と裏による連携が成果を上げればよし、失敗すればお前の立場は悪いものになる。そのためには何をすれば良いか分かるな?』
局長の言葉に私は思わず息を飲んだ。そして努めて落ち着いた声で言葉を返した。
『無論分かっております。必ずや成功させてごらんにいれます』
『良い返事だ。期待しているぞ』
『はい』
私の知らないところで局長はしっかりと動いてくれていたのだ。私の心の中には感謝しかない。これは必ずや成果を上げなければならないだろう。
局長からの気遣いの言葉が聞こえる。
『ルスト、くれぐれも体に気をつけろ。それと、シュウ女史によしなにな』
局長は私がシュウさんのところに身を寄せているということを把握しているのだ。
『了解です』
『それでは健闘を祈る』
『ありがとうございます。それではこれにて』
『ではな』
そう告げられて局長との念話は終わった。これで下準備は終わった、明日の私の体の回復を待って仲間たちを集めよう。そして、正式に行動を発令しよう。
一区切りついたことで私はほっとした。体の緊張が抜けて一気に眠くなる。
「はぁ、なんとか話がまとまった」
私のつぶやきにメイラが苦笑している。
「お疲れさまです。目処がついて何よりです」
「ありがとう、でも流石に疲れたわ。このまま寝させてもらうわね」
「はい、おやすみなさいませ。
私はベッドに体を横たえると、そのまま眠りに落ちていったのだった。







