共有される危機
「私が密命を帯びてまでケンツ博士の足取りを追っていた理由がお分かりになりますか?」
皆が沈黙している。驚きのあまり言葉を失っている。
「それに加えてケンツ博士はなにやら精術の素材や技術について探っていたと言う不確定情報もあります。そもそも、ケンツ博士が今現在どのような状況にあるのか? それによっては彼を緊急逮捕しなければならないかもしれません」
そこにパックさんが問うてきた。
「ちなみに、ケンツ氏と在外商人との関わり具合についてはいかがだったのですか?」
私は軽くため息をついて答えた。
「それについてだけど、このケンツ博士と言う人、自分の置かれた立場というのを認識できないタイプのようね。何しろ、在外商人の彼らに提携相手を紹介された時も、フェンデリオル人の投資家を相手にお得意の平和主義を演説をぶって怒らせてしまったそうだから」
カークさんが苛立ち紛れにいう。
「なんなんだその石頭は?」
バロンさんが冷たく言い放った。
「250年に渡る戦火に晒されているフェンデリオルで平和主義などなんの意味もない」
さらにドルスが頭をかきながら吐き捨てた。
「あのトルネデアスの砂モグラ共が自分自ら戦闘を放棄するはずがねえだろうが。俺たちに先に戦闘を放棄させてから、騙し討ち上等で襲ってくるのが関の山だぜ」
ゴアズさんも頷いている。
「おっしゃるとおりですね。和平をするなら両者同時に行うしかない」
最後に締めるようにダルム老も苦言を漏らした。
「ま、それができねぇから250年も迫り合いやってるわけなんだがな」
そこで、私は皆に問うた。
「在外商人の方たちと会った人はいる?」
するとダルム老が言う。
「お前さんを助け出した後、マーヴィンって人の誘いで俺達全員、飯を食わせてもらった。見てくれに似合わず気持ちの細やかな御仁でな。他の在外商人の連中とも言葉を交わしたが、人柄に少々クセはあるが悪い連中じゃなかった」
私は内心ホッとした。
「そうね、クセがあるという事は強い特徴を持っているということ。強い特徴があるということは、穿った能力持っているということ、お互いの立場を理解しあって手を差し伸べることができればたとえどんな立場の人でもうまくやっていけると思うの」
私はわざとため息をついて、こう言葉を添えた。
「約1名を除いてね」
「ケンツか」
「ええ」
ドルスがさらに問うてくる。
「やつは今どこに?」
「万策尽きてオルレアのドーンフラウ大学に戻ったそうよ。まったく行ったり来たりどれだけ人を振り回せば気が済むのか」
「と言う事はお前の体が回復次第にオルレアにとんぼ返りってわけか」
「そういうことね。私に与えられた任務はケンツ博士の実情調査とその身柄の保護だから」
そしてさらにはそこで話題が核心に入った。カークさんが尋ねてくる。
「お前が今おこなっている任務内容についてはよく分かった。だがもう1つ聞いておきたいことがある。お前に今現在の単独任務を与えた人物についてだ」
バロンさんも同意する。
「そうですね。それについてはもう少し詳しく聞いておきたい。状況次第によっては正規軍上層部と話し合いをしなければなりません」
プロアも頷いていた。
「そうだな。俺たちの隊長を勝手に動かしておいて、俺達も黙っているわけにはいかないからな」
それ以外の人たちもそれぞれに頷いていた。私をめぐる現在の状況についてはみんな納得していないらしい。
「やっぱりみんな納得できないよね」
するとゴアズさんが強い口調で言った。
「当たり前です! 隊員である我々に無断で隊長格の人物を動かしておいて今回のような事態に到達してしまった。これを見過ごすわけにはいきません。そもそも一体誰なのですか? あなたに単独任務を下した人物は?」
彼らの苛立ちはもっともだった。事ここに至れば、あの人の名前を知らせるのもやむを得ない。
「分かったわ。みんなも私が口をつぐんだままでは承服できないでしょうから」
そして私はみんなの顔を眺めながらこう告げた。
「私の現在の裏の上司は、正規軍防諜部第1部局長〝ブリゲン・ユウ・ミッタードルフ大佐〟と言う人物よ」
その名前を口にした時、ドルスが言い放った。
「ブリゲン? 〝黒鷹のブリゲン〟か?!」
「ええ」
うなずく私にドルスは言った。
「なるほどあいつだったら納得だ。あの男ならやりかねない」
ゴアズがドルスに尋ねた。
「ご存知なのですか?」
「ああ、過去に何度か一緒に仕事をしたことがある。それに俺が軍と協力して進めている銃器開発に関しても協力や助言をもらったことがあるんだ。いずれにせよ正規軍の諜報関連を一手に牛耳っているのは奴だ。とにかく恐ろしいまでの切れ者だ。あいつとルスト隊長の関係が露見した以上、俺たちもブリゲンの奴と話をしておかなければならないだろう。いずれにせよだ、このまま無視というわけにも行くまい」
カークが頷いた。
「ああ、そうだな」
これは仕方がないか、そう思いつつやっぱり段取りというものがある。
「分かったわ。局長に話をしてみる。その上でみんなとブリゲン局長との話し合いの場を設けるわ」
そしてダルムさんが会話の流れを締めてくれた。
「ああ、それでいい。ルストも今すぐには行動というわけにもいかないだろうからな」
ドルスが頷いた。
「ああ、体も回復しきっていないからな」
そして、プロアが言った。
「それじゃあそういうことで俺達は一旦待機ということにしようぜ。例の念話装置の番号で呼びかけてくれればいつでも集まる」
「分かった。必ず連絡する」
今回の事態でやっぱりこういう事になった。私は思わず呟いた。
「軍の防諜部の案件には巻き込みたくなかったんだけど、やっぱり無理があったよなぁ。部隊全体の仕事と私の単独仕事を同時進行するなんて」
そこにドルスはたしなめるように言った。
「当たり前だろ? 1人で出来る事には限度ってもんがあるんだからよ」
なるほどその通りだ。
「あなたの言う通りだわ」
「そういうこった。さて失礼しようぜ。ルストもまだ本調子じゃないわけだしな」
私たちは言葉を交わしあう。
「それじゃ隊長、俺たちはこれで失礼するぜ。連絡待ってるからな」
「ええ、またね」
こうして彼らは、私を残してその部屋から去っていった。







