使用人メイラ、お嬢様にカミナリを落とす
メイラさんのその顔は以前にもお小言を食らった時と同じく、ものすごく冷静な表情だった。
「〝エライアお嬢様〟少々お聞きしたいことがございます」
それは間違いなく〝怒っていた〟
それから私は30分、たっぷりと事情説明と釈明を求められた。
メイラさんに連絡なしに酌婦として振舞ったこと。そしてその事が命の危険を招いたこと。その事について。
とは言え、特別任務のある職業傭兵としての仕事の上での生命の危機ならば、それはそれで致し方のないことだと理解してくれるだろう。でも今回は違う。明らかに任務の外の話なのだから。
部屋の中には私とノリアさん2人だけ。トゥーフォさんとパックさんは気を使って部屋から出て行った。部屋の外ではアシュレイさんかこの屋敷の侍女の方が待機してくれているだろうが、私の実家であるモーデンハイムの小間使い役とそのご令嬢と言う間柄の話なので、誰も介入できないということになりあっさり距離を置かれた。
当然ながら、この状況ではシュウ女史ですら手を出せないだろう。
「お嬢様、今回の事態、御本家のお母上君、さらにはご当主様にはどう釈明なさるおつもりですか?」
「は、はい」
それはすごくマズイ。詳細に報告されたら、いくら私に対して懐が広く優しいユーダイムお爺様だと言っても一言さし挟んでくるだろう。ましてやお母様の知るところとなったら絶対に本家に1度連れ戻される。
「もう一度お聞きします。どう釈明なさるおつもりなのですか?」
「申し訳ありません」
彼女が怒っているのは私が襲われたことに対してではない。私の一番の欠点である〝気の緩み〟に対して怒っているのだ。
「以前から申し上げている通り、お嬢様はここぞという時に注意が散漫になることがお有りです。それについては再三再四申し上げております。しかし今回、それが最悪の形で明らかになってしまいました。黙っていても多かれ少なかれご本家のお耳にも入るでしょう。そうなったら今のお仕事についても、差し控えるようにと親族会議から勧告が出る恐れがあります。そうなってもよろしいのですか?!」
「申し訳ありません」
「謝って済む問題ではありません!」
それ以上言葉が出なかった。彼女がここまで怒り出す理由はもっともなのだ。そもそも、上級候族の令嬢が軍に絡む危険の高い仕事に着くという事自体が異例中の異例なのだ。
私の身に何か危険があれば、正規軍とモーデンハイム本家との間の問題に発展しかねない。それにはある理由があるのだ。
「お嬢様、お忘れになって頂きたくないのは、現状では唯一のモーデンハイム本家血筋の正統なる後継者だということです。その事をあからさまに問題視してしまえばあなたの身の自由は一切なくなってしまいます!
だからこそ、あらゆる行動に対して〝筋〟を通さなければならないのです。あなたに恩を着せるわけではありませんが、私が御本家との間でどれほど難しいやり取りをしていると思ってるのですか! それが通常任務の中での作戦行動ならいざ知らず、個人的な付き合いの中で依頼を受けての花街で酌婦として振る舞い、そこから命を狙われるなど、許されると思ってるのですか!? もしかして〝バレなければいい〟そう思っていませんでしたか?!」
もはや返答できなかった。寝具の裾を強く握りしめる。私は自責の念で思わず目に涙を浮かべていた。
「ごめんなさい」
浮かれていた――
一言で言ってしまえばそれに尽きる。
「あまりにも軽率でした。お爺様とお母様には自分自身で釈明に参ります」
もしかしたら今の仕事を辞めろと言われるかもしれない。それはそれで致し方ない――、そう覚悟を決めた時だった。
「お嬢様」
不意に優しい言葉かけられる。驚いて顔を上げると柔和に笑うメイラの姿があった。
「反省して頂いたのならそれで結構です」
「え? だって、実家の方にバレたら問題だって――」
「それは1つの事実ですけれど、あそこまで強く言ったのはお嬢様の気の緩みを引き締めさせて頂く為です。少々担がせていただきました」
やられた。怒っていたのは事実だが、この人は私に反省を促すために一芝居打ったのだ。
「僭越ですが、お仕事のご上司であられるブリゲン様には私の方から状況説明をさせていただきました。生命の危機に陥るほどの危機的状況であったこと。貞操の尊厳が奪われそうな状態にあったこと。事実が詳細に本家に伝われば問題になる可能性があること。それらをお伝え致しました」
これには流石に驚いた。
「局長に知らせたの?」
「ええ、ブリゲン様からは、もしお嬢様ご自身ですぐに連絡の取れない緊急事態が起きた時は何かあったら知らせてくれるようにと連絡番号を頂いておりました。今回は特に〝口裏合わせ〟も必要になると思いお伝え致しました」
「それで局長は何て言ってたの?」
「はい『〝潜入調査〟も任務に含む――と私が事前に指示しておいたとしておくので、モーデンハイム本家からの問い合わせについてはそう答えるように』とおっしゃっていただきました。体が回復したらブリゲン様に連絡をするようにとも言っておられました」
ああ、これは、万が一の時にはブリゲン局長が全てを泥をかぶるつもりだ。私は本当に心の底から申し訳なかった。







