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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第7話:仲間との絆 ―最悪の蹉跌と再起への道―
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応急治療と夜明け前の来訪者

 それからどれほど時間が流れ去っていただろう? 救急馬車で運ばれる間に、毛布と暖房の暖かさに眠ってしまっていた。

 私が次に目を覚ましたのは病院で用いる患者診察用のベッドの上だった。周囲に誰がいたのか、検討はつかないが、とにかく胃に大量に水を入れられて吐かされる〝胃洗浄〟を行われたのは記憶している。正直苦しいなんてものじゃなかったが、そんな事は言ってられなかった。

 胃の中をきれいにしたあと、次に飲まされたのは粉末状の炭だった。以前、医学講義で毒物治療に〝活性炭〟と言うのを用いる方法があると聞いたのを思い出していた。

 そして、点滴。

 左腕のひじの血管に針が刺されて、最新治療法の一つの〝点滴による輸液治療〟が行われていた。

 とにかく、体の中に入ってしまった〝毒〟を薄めて体の外へと出さなければならないのだ。

 点滴が始まってから、清潔な患者用のガウンに着替えさせられた後で白いシーツのベッドの上に寝かせられている。

 濡れきった体もキレイに拭かれて、衣装やアクセサリーは全て外されていた。


 暖かな布団の中でも、私の意識はぐるぐると回っていた。周期的に嘔吐感が襲って吐き出しそうになり、そのたびに介護の人の手を煩わせた。

 それでも、治療が功を奏してきたのか、気分は悪いながらも安静に体を横たえることは苦にならなくなっていく。


「あ、そういえば――」


 昔の医学講義で聞かされたけど、お酒を呑んで薬や毒を飲むと、薬効が倍加するって言ってたっけ。

 あれだけ飲み比べをしたあとで毒を飲まされたらこうなるのは当然だった。

 

「よく、死ななかったなぁ」

 

 ベッドの寝具にくるまれたままでボソリとつぶやく。誰だかわからないが介護の人がいう。


「今はゆっくりとお休みください。なにかあればすぐに手当いたしますので」

「はい――」


 その言葉が安堵の緒となり、私の緊張はほぐれていった。そして、緩やかに眠りの中に落ちていく。

 休もう――、今はそれしかないのだから。



 †     †     †



 それからどれだけ時間が立っただろうか? 不意にゆっくりと目を覚ます。明かりが半分落とされた部屋の中を見回しながら体を起こそうとそるが指先ですら鉛のように重かった。


「無理すんなよ。今はゆっくり寝ておけ」


 聞き慣れた声、私はその声のする方を振り向いた。


「プロア?」

「おう」


 ベッドの傍に置かれた背もたれ付きの椅子に座っていたのはプロアだった。水路の水でずぶ濡れだったその衣装は脱いで別な衣装に着替えていた。

 矢傷はかなりひどいはずだったが、疲れも見せずににこやかな顔で答えてくれた。どうやら無事に元気そうだ。

 私は彼に尋ねた。


「あれからどれくらいの時間が経ったの?」

「やっと一晩越えるところだ。まだ朝の5時だ」

「そう」

「もう少し時間が経って日が昇ったら、医師が説明をしてくれるそうだ。俺もお前も、今のところ重篤な後遺症はないだろうってさ」

「そう。よかった――あ、それより!」


 私は彼のほうが心配だった。


「プロアの方は大丈夫なの?」


 私をかばうとしてあれだけの攻撃を食らったのだ。彼の体が心配だった。


「結局5本ぐらい矢を食らったが深手にはならなかった。体の表面に近い方で全ての矢が止まってたしな。血止めも化膿止めも効いてるし、医者も血が止まればそれ以上は治療は必要ないってさ」

「矢毒は?」

「敵は水中での使用を考慮してたんだろうな。毒は塗られてなかった」

「そう、良かった」

「なーに、戦場でなまくら刀で雑に切られることに比べれば、この程度の矢傷なんてダメージの内に入らねえよ。マスケット銃の鉛玉の方がよっぽど痛い」

「その割には青い顔だったけど?」

「水が冷たかったからな。何せ真冬だし。むしろそっちの方がしんどかった。傷の治療よりも〝低体温〟の方がひどかったらしい」

「大丈夫なの?」

「ああ、あれから一晩、じっくり体を温めた。体を動かすくらいには何ともないさ」


 そう、ことも無さげに語る言葉には私を心配させまいという思いやりのようなものが感じられた。

 そして、彼の気持ちを思いやるとどうしてもあの言葉が脳裏によみがえってくる。


「プロア」

「なんだ?」

「あの時言ってくれたよね」

「ん?」

「〝俺の女に何してやがる?〟って――」

「あっ――ああ――あれか」


 私からの指摘に自らが放ってしまった言葉を思い出して誤魔化すように頭を掻いていた。照れ臭そうにして彼は言い訳する。


「忘れてくれ――と言っても無理だよな」


 半ば途方に暮れたように苦笑いしていた。


「一生覚えておく」

「そうくるか」

強請(ゆす)りのネタになりそうだし」

「性悪すぎるぞ、おい」

「ふふ、あなたの弱みなら大歓迎だもの」

「今に見てろ?」

「やれるもんならね」


 私たちは思わず吹き出していた。笑いながら彼は言う。


「ま、他言無用で頼むぜ」

「ふたりの秘密ね」

「そう言うことにしとくよ」


 そう言いながら私たちはさらに笑い合う。私たちは無事に生還したのだ。

 やがて気持ちが落ち着いたところで、彼は真剣な表情で私を見つめてきた。


「一応報告するが、俺達を襲撃した女版の黒鎖たちは撤退した。4人ほど仕留めたらしいが例によって顔面を火薬で吹き飛ばして自害したらしい」

「証拠隠滅?」

「だろうな。徹底してるぜ」

「そうね」

「それから、これからの状況だが。お前を警護するためにイリーザの隊員が全員集まっている。お前からの釈明をみんな待ってるぜ?」


 私は盛大に溜息をついた。


「やっぱりか。どう考えてもみんな怒ってるよね」


 プロアは真剣な顔で私に告げた。


「みんなが怒っているかどうか、自分で確かめるんだな」

「分かった。それじゃ、みんな集めて。今回の事件の状況説明と今後どうするかを伝えるから」

「それじゃ全員に伝える。お前はとりあえず安静にしてろ」

「ええ、そうするわ」

「じゃあな」


 そう言いながら彼は私に顔を寄せてくると頬と頬を触れ合うチークをしてきた。それは確かな親愛の情だった。

 私は一抹の喜びを感じながら立ち去る彼を頼もしいと感じていた。


「プロア」


 呼びかける声に彼が振り向く。


「ありがとう」


 その時、彼は微笑んで軽く右手を振ってくれた。


――カチッ――


 彼が出て行き扉のノッチが心地よい音をたてて閉じられる。一人切りとなった部屋の中、窓の外はまだまだ夜の帳の中だ。かすかに月明かりが外を照らしていた。

 静寂の中で私は思う。


「生き残ったんだ」


 そうだ、無事に生き残った。

 女性としての尊厳を奪われる寸前で、

 死んでもおかしくない状況で、

 私は生き残ったのだ。

 でも――


「これ絶対、失点になるよなぁ」


 仕事の成果と言う事を考えたとき、素直に喜ぶ気にはなれない。


「やめた、今は寝よう」


 まだ、体が重い。身を捩るのだけでもしんどい。完全回復には時間がかかるだろう。

 今日、日が昇ってから仲間たちとともにこれからの事を考えよう。

 私は寝具に横たわりながら盛大にため息を付いたのだった。


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