シュウと在外商人たち互いに名乗り合う
状況を一通り聞かせられたシュウ女史はその場に居合わせた皆に尋ねた。
「そちらの職業傭兵の旦那はさっき名乗っていただいたとして、専属酌婦の女性達はすでに知っている。残りのお客人たちは?」
すなわち自己紹介を促しているのだ。それに対して臆することなく答えたのはアーヴィンだった。
「名乗りが遅れてすまねえ。俺たちは在外商人の相互扶助集団の1つ『ヘルメスの鍵』だ。俺は貿易商と物流業を営んでいるアーヴィン・ラウドと言う」
そこから先、自己紹介が続いた。
「鉱山主――いわゆる〝山師〟をしているニルセン・辰と申します」
「金融家のアルシド・アンジェラスです。お見知りおきを」
「法律と行政書士を主な活動畑にしておりますカルロ・ヒルトン・ニコルです」
「貿易商を営みながら投資家として活動しておりますレグノ・アントンです」
彼らの名乗りは終わった。そもそもがイベルタルの商人たちの頂点に立っているシュウ・ヴェリタスだ。本来であれば、在外商人との間には長年にわたる溝がある。
だがこの場においては、さらに対立を持ち出すほど愚かなことはないことを彼女は熟知していた。そして何よりプリシラの安否に彼らも関心を持ち配慮してくれているという事実は確かなのだ。対話を続けるに値する人物たちだとシュウも考えたようだ。
「ご丁寧にありがとうございます。大規模商館〝水晶宮〟の総支配人を努めておりますシュウ・ヴェリタスと申します。以後お見知りおきを」
挨拶は成った。そこから先は対話だ。
レグノが言う。
「プリシラ嬢とはお互いの立場で腹を割った話し合いをさせていただきました。我々、在外商人の思いと本音、それに対してプリシラ嬢からはこの国を襲っている現実について。そして現在、よそ者として白眼視されている我々在外商人がどうあるべきか? それらについて彼女とは非常に有意義な建設的な会話をさせていただきました」
そこにアーヴィンも詫びるように語った。
「例えば、俺は元海賊ですが、どうしても行動が粗野で常識を欠いてしまう。この店の酌婦の彼女たちにも散々迷惑をかけていたが、それについてはっきり間違いだと分からせてくれたのはプリシラ嬢でした。その上で我々のこれからどうすれば良いのか? はっきりと指南していただきました。それを無駄にしないためにもこの国の商人の重鎮たちとも意見交換や話し合いの場を持ちたい。そのためにはやはりプリシラ嬢の仲立ちが必要だと痛感してるんです」
ニルセンも落ち着いた声で話す。
「確かに我々はこの国の常識に寄り添っていない。その意味では余所者です。ですがこの国が戦火にあるという現実にはきちんと理解する用意はある。そして我々なりにこの国に協力する意思があるということも。だがそのためにはこの国は一度お掃除が必要だ。そうは思いませんか? シュウ女史?」
彼らの言葉にシュウはうなずきながら答えた。
「どうやら、私があなたがたと話し合いをする以前にあの娘が皆様方との対話をすでに成功させていただいたようですね。それを無駄にしないためにも何としてもプリシラには生還してもらわないといけない」
そこにカルロが同意した。
「あなたのおっしゃる通りです」
そしてシュウは答えた。
「これから皆様とは建設的な関係を望みたいと思います」
シュウは立ち上がると彼らへと歩み寄る。そして右手を差し出し在外商人の彼らと握手を交わした。人の心を畑を耕すようにプリシラこと、ルストが果たした行為は1つの結実を見たのだった。
そこで口を開いたのはカルロだった。
「申し訳ないが、少々席を外させていただく」
「どうした? カルロ」
アルシドが問いかける。
「プリシラ嬢が調べている〝ケンツ・ジムワース博士〟を覚えているか?」
「ああ、覚えている。それがどうかしたか?」
2人の会話にシュウも興味を抱いて視線を向けていた。
「ケンツ・ジムワースの存在については私も聞き及んでおります」
「ああ、それなら話は早い。彼は我々と接触して資金提供を望んでいました。ですが彼特有の人格的な問題により交渉は決裂。彼とは縁切りをさせて頂いております。何しろ、我々も経済的な被害をうけてしまったのでね」
「ああ、なるほど。やはりそうでしたか」
シュウも納得せざるを得ない。だが、カルロは言う。
「しかし少々ひっかかることがあります。ケンツのヤツが交渉を持とうとしていた在外商人の集団は、本当に我々だけだったのか? もしかすると他にも誰かと繋がりを持とうとしているのではないか? そんな予感がしているのです」
アルシドもその考えに同意していた。
「なるほど考えられるな。在外商人の集団は我々だけでない。当然、素性の良いモノから、質の悪いのまで玉石混交だからな」
「そう言うことだ。もしかするとケンツ博士は〝ハズレくじ〟を引いたのかもしれんぞ」
「そうか、その考えがあったか」
二人のやり取りの言葉にシュウ女史も頷いていた。客観的に見ても妥当な読みのようだ。
カルロにアルシドも同意していた。
「それならば私も調査に協力しよう。法律の君と金融の私とでかなり詳しいところまで手繰れるだろう」
「そうだな。プリシラ嬢が戻ってくるまでに詳しい情報をつかみたい」
「よし、それなら善は急げだ」
「うむ」
するとシュウは彼らを気遣うように問いかけた。
「よろしいのですか?」
「ええ、お気になさらずこれもプリシラ嬢への感謝の1つとご理解いただきたい」
アルシドとカルロ、2人ともその場を後にして去っていった。
ダルムが言う。
「何はともあれ、我々は事態の解決を信じて吉報を待つことにしましょう」
レグノが頷いていた。
「ああ、そうだな」
そして、シュウ女史が切り出した。
「それじゃあ、待ってる間、一休みと行こうじゃないか。職業傭兵のお2人には酒というわけにはいかないから、何か喉を潤わせる飲み物でも用意しようじゃないか。アシュレイ」
彼女の呼びかけにアシュレイが答えた。
「はい。少々お待ちを」
シュウは専属酌婦の彼女に対しても告げた。
「お前たちはもてなしの仕切り直しだよ」
「はい!」
「お任せください」
シュウは男たちに声をかけた。
「さ、皆様もお座りになって」
そして知らせが来るまでの間、シュウも酌をする側になり彼らをもてなした。彼らは会話を続けながら連絡の報を待ち続けたのである。







