悪しき企みの実像 ―ルストはこうして拐われた―
シュウ女史はさらに問う。
「それで、プリシラは今どこへ?」
その問いに答えたのはルストの仲間のドルスだった。
「それについてですが、この店の店内で拉致にあった事から始まります。皆さんから聞いた話をつなぎ合わせると、酌婦としての客との果たし合いの勝負のあと短時間にきわめて強い酒を一気に飲んだことで尿意を催しトイレに行こうとした。
ところが誰の目も届かない裏廊下で従業員に扮した拉致実行犯に遭遇。これにまんまと騙されてしまったプリシラ嬢、すなわちルストは廃棄物投下用の布袋に詰められて建物裏側のダストシュートの穴を通じて外部へと運び出されてしまった。
そして荷馬車に乗せられてイベルタルの西へ向けて逃走を続けていると言うわけです」
その言葉を受けてシュウ女史は再度尋ねた。
「追跡は無事順調なのかい?」
「ええ、今のところ辿りきれているようです。ただし途中で追跡対象が2つに分かれてしまいました。運河水路を橋で越える際に、逃走馬車の上から絶妙なタイミングで橋の下を通過した動力運河船へと、馬車に積まれていた大きな布袋が放り投げられたようです」
アーヴィンが言う。
「荷馬車の上から放り投げたんだったな?」
「ええ。問題は逃走する馬車とたまたまその真下を通過した運河船、そのどちら側にプリシラこと、ルストが存在しているのかということです」
在外商人の1人、レグノが呟く。
「荷馬車が本命であるのならそのまま運びさられる可能性はあるが、少なくともその間は身の安全は確保される。問題は周囲の目の届かない運河船にプリシラ嬢が乗せられている場合だ。運河船の内部はある種の密室状態になる。そこでどんな真似をされるか想像するだけでもおぞましい」
その言葉にシュウ女史ははっきりと頷いた。
「プリシラはいま高級酌婦として流行のドレスに身を包んでいる。女性としての素体の美しさをより強く演出するために露出の高い衣装を着させたんだが――」
そこに大きく後悔のため息をついた。
「今度ばかりはそれが裏目に出ちまった」
だが、ドルスはそれを励ますように言い切る。
「女史、諦めるのにはまだ早すぎますぜ。俺たちには、ルスト隊長の仲間にはある切り札があります」
その言葉にダルム老もニヤリと笑いながら頷いた。
「あいつだな?」
「ああ、プロアだ。あいつならやってくれる」
「そうだな、二手に分かれた追跡対象に合わせて、こちらも追跡役を2つ確保している」
「そうだ。何しろプリシラこと、ルストの命がかかっている。追跡を継続している連中の頑張りには大いに期待していいはずだ。それに飛行能力を持つプロアの特性から言えば、運河船の追跡にはやつの方が持ってこいだろう」
「それと馬車を馬車で追う地上班だな」
そこにアーヴィンが声を発した。
「追跡用の馬車は俺の知り合いの腕利きの〝運び屋〟に任せてある。絶対に追いついてみせるはずだ」
彼らの言葉にシュウ女史は頷いた。
「なるほど、2つの追跡役にそれぞれに切り札があるというわけだね? いいだろう今彼らを信じるとしよう」
それすなわち、結果を待つということに他ならなかった。このような状況の場合、待つこともまた大切な選択肢なのだ。







