プロア動く:後編 ―消えたルスト―
プロアは状況を冷静に判断する。
「支配人の体に触った人は?」
レベッカは蒼白の表情で答えた。
「いいえ、誰も触ってません。微動だにしないんで顔を覗き込んだんですが、息をしてなかったので」
「死んだと判断したと」
「はい」
プロアは優先順位を考えた。こちらも重要は重要だが、後回しにすべきだろう。今はそれよりもルストの方だ。
「扉をしっかり閉めて誰も入れないでそのままにしてください。後で軍警察を呼んで見聞させましょう。それよりルスト――、プリシラさんの方です」
支配人の死は後回しにする。その判断に皆が一瞬驚いたようだが、プリシラの名前が出されたことで誰もが納得していた。アーヴィンも素直に同意していた。
「そうだな。死亡現場を保全しておけばこっちはどうとでもなるからな」
「そういうことです。プリシラさんが姿が見えなくなった時の状況を知りたいので、他の方、全員に会わせて下さい」
「分かった、こっちだ」
プロアの求めにアーヴィンは素直に同意していた。荒っぽい見てくれに見合わず、柔軟な考えを持つ人間だとプロアは判断した。彼ならとりあえず信用できるだろう。
「ありがとうございます」
そんな会話をしているところに他の男性店員が3名ほど現れた。アーヴィンは彼らに指示を下す。
「おい、この人はプリシラさんの表向きの仕事のご同僚で職業傭兵をしてらっしゃる。現場保存するから扉に鍵をかけてロックしとけ。絶対に誰も入れるな!いいな?」
「はい」
アーヴィンは手慣れたかのように店の男性店員たちに指示を下していた。さすが商人として1つの企業を差配しているだけはある。
「行こう。他の連中に会わせてやる」
速やかにサロンルームに移動する。すると残りの専属酌婦と客である在外商人たちが集まっていた。アーヴィンが姿を現すなり声が発せられた。
先に声を出したのは、鉱山主のニルセンだ。
「だめだ、店内フロアのとこも探したが全く姿が見えん。専属酌婦の彼女たちと一緒に女性トイレの中も見たがもぬけの殻だ」
「ああ、酌婦控え室も見てきたがどこにも居ねえ。ただ1つ気になったのが、外を歩く時に羽織るはずのショールが置きぱなしになっていた」
そこにアンジェリカが口を挟む。
「あの、これが廊下に落ちてたんです」
恐る恐る差し出したのはルスト=プリシラが携えていた小さな手提げ鞄だった。アーヴィンがそれを受け取り、プロアへとそれを見せた。
「プロア、あんたこれに見覚えは?」
「いいえ、手提げ鞄自体に見覚えはありません。中身を改めさせてもらっていいですか」
「ああ」
手渡された小さな手提げ鞄を受け取りそのテーブルの上に中身を広げていく。
ハンカチ、香水のスプレー、認識票、緑色の卵型のペンダント、そして、水晶板で構成された手のひらより少し大きいサイズのクリスタルプレート、この中で特に見覚えがあるのは認識票とペンダントだった。
「どうだ?」
尋ねてくるアーヴィンにプロアは頷いて答える。
「間違いありません。ルスト――、皆さんがプリシラと呼んでいる人物のものです」
その時、場に控えていた投資家のレグノが問いかけてきた。
「その人は一体誰だね」
当然の声だった。プロアは認識票を見せながら自ら名乗った。
「失礼しました。軍外郭職業傭兵特殊部隊イリーザ所属、準1級傭兵のルプロア・バーカックです」
そこでまたもアーヴィンが補足してくれる。
「プリシラの事を支援する目的で控えていたそうだ」
「3階と4階の間の裏階段に沿っていました」
「だそうだ」
皆が納得する空気の中、ニルセンが尋ねてくる。
「プリシラ嬢の姿は階段の方には来ていたかね?」
「いえ、足音すらありませんでした」
「裏階段にも居ない? 通ってすらいないだと? では一体どこに行ったんだ?」
そこでプロアは判断を巡らせた。
「表階段から降りていった可能性は?」
その言葉にレベッカが答えた。
「いえ、ありえません。この店の建物ってそれぞれの店の表玄関ドアが開け閉めされると微かですが必ず分かるようになってるんです。それにドア付近にはドアボーイ役の男性店員が必ず1人います。彼に気がつかれずに店から出て行くなんてありえません」
その言葉にプロアもさすがに焦りを覚えた。
「裏階段は通っていない。表階段にも出ていない。しかしフロアに姿は見えない。さらには支配人は殺されて、裏玄関の用心棒は眠らされていた――、それじゃ一体どこに行ったって言うんだ?!」
そこまで口にしたところでプロアの脳裏にあることがひらめいた。彼はそれを叫ぶように口にした。
「そうか! ダストシュートだ! ゴミを落とす竪穴から降ろして行ったんだ!」
その言葉と同時に一斉に駆け出す。この手の建物には廃棄物の運搬のためにゴミ袋を落とす縦穴があるのだ。一般にダストシュートと呼ばれている。
アーヴィンとともに建物裏側のダストシュートに駆け寄ると蓋を開ける。中を覗き込めばそこに見えたのは一本の太いロープだった。拉致役の犯人もこのロープを伝ってここから逃げたのだ。
アーヴィンも苦々しい表情で言う。
「そうか、プリシラは女性としても小柄だし大きめの袋に入れてしまえば安全に降ろして行くのは不可能じゃないもんな」
「ああ、彼女がここに来てからずっと狙ってたんだろう。くそっ! やられた!」
そう叫びながら懐から、念話装置の子機を取り出す。
『俺だ!プロアだ』
『リサです』
『緊急連絡、全員に連絡してくれ。ルストが拉致られた! ダストシュートから逃げている! 不審人物が見えなかったか確かめてくれ!』
『了解、直ちに連絡いたします』
『頼むぞ』
念話を終えてプロアは振り返る。
「今、外で控えている仲間たちに知らせました。連絡を待ちましょう」
「わかった」
アーヴィンは即座に同意した。プロアとアーヴィン、奇妙な組み合わせだったが2人は妙にウマが合う。元海賊と元闇組織のエージェント、お互いの人の出自からシンパシーを感じるものがあるのかもしれない。
とりあえず今は仲間からの連絡を待つことにしたのだった。
† † †
一方、水晶宮――
ダルム老とシュウ女史、一切のわだかまりを乗り越えて2人は談笑を続けていた。
他愛のない差し障りのない会話を続けている時だった。ダルムの持つ念話装置の子機経由で連絡があった。
「失礼」
一言断りを入れて通信を始める。
『ダルムだ。どうした?』
『こちらリサ、状況に変化がありました』
『どういうことだ?』
『銀虹亭の店舗内部のどこにもルストさんの姿が見えないそうです。現在全員で探索を開始しています』
『拉致か』
『その可能性が高いと皆さん判断しています』
『わかった。そちらの方は任せた』
『了解です』
やり取りを終えてダルムはシュウ女史に告げた。
「銀虹亭で動きがありました」
「何があったのですか?」
ダルムは一呼吸おいて答えた。
「店の中のどこにもルストの姿が見えないそうです」
「なんですって?」
驚愕の表情を浮かべてシュウ女史は身を乗り出すように立ち上がった。
「現在、私の仲間が探索を継続しています」
その言葉を聞いてシュウも表情が一気に変わった。本音を覆い隠すと冷静な判断を開始する。
「私も行きます。店の中のことで気になることがあったので」
すると、それに対してダルムも帽子を被りなおしながら立ち上がった。
「私も同行しましょう」
「お願い致します」
そして、返す刀でアシュレイに命じた。
「四人乗り馬車を急いで用意してちょうだい」
「そう仰ると思いまして、動かせる馬車をすでに1台ご用意してございます」
「結構よ。アシュレイ、あなたも一緒に」
「はい」
やり取りを終えて3人は動き出す。
ダルムが問いかける。
「参りましょうか」
「はい」
わずかなやり取りの後に2人は歩き出す。問題の生じている〝銀虹亭〟に向けて。そして1台のシンプルなクラレンス馬車に乗り込むと、走り出したのだった。







