プロア動く:前編 ―プロア、アーヴィンと出会う―
大星楼の建物の中、4階と3階の中間付近、裏階段の片隅に息をひそめて様子を伺っていた人間がいる。ルストの仲間のプロアである。
「ん? 様子がおかしい」
物陰に潜み、聞き耳を立てるのは彼の得意技の1つだ。斥候役として、闇社会組織のエージェントとして、情報収集役を続けてきた彼には必須のスキルだからだ。
耳に入ってきた言葉を吟味しつつ彼は行動を開始する。
『プロアだ』
『リサです』
『現場内部で異変があった。ルストの身に何かあったらしい。周囲警戒を強化するように伝えてくれ』
『了解、全員に通達します』
『頼むぞ』
念話を終えて3階フロアへと歩き出す。そして人影を探す。
開きっぱなしの従業員用裏口ドアの辺りに倒れていた用心棒役の男性従業員が倒れていた。
その彼の周囲で露出度の高いドレス姿の2人の若い女性が狼狽えている。ルストが指導していた4人の専属酌婦のうちの2人、ローザとチコだった。
その2人を励ますようにして死体を検分しているのはルタンゴトコート姿のアーヴィンだ。
いかにも荒くれ男然としたその風貌に、彼への対処方法を思案するが、ここは相手の素性がよく分からない以上、下手に出た方がいいとプロアは判断した。懐の中から職業傭兵としての認識表を取り出して右手にそれを携えながら彼らへと歩み寄っていく。
「失礼する。何があったんですか?」
突如現れたプロアに3人が警戒するのは当然のことだった。
「なんだお前は」
荒い言葉、だがこんなことに怯んでいたら斥候役は務まらない。
右手に携えた認識票をことさら強調しながらさらに声をかける。
「失礼、軍外郭職業傭兵特殊部隊イリーザ所属、準1級職業傭兵ルプロア・バーカックです。エルスト・ターナー隊長の行動を補佐と情報収集の為潜んでいました。異変を感じて姿を現したのですが何かあったのですか?」
プロアはあえて自らの素性を名乗ることにした。今回の役目はあくまでもルストの警護が目的であり、潜入調査が目的ではないからだ。
小柄なチコがつぶやく。
「ルスト――、プリシラさんのお仲間なの?」
プリシラと言う名前は初耳だった。彼の知識で照らし合わせるなら酌婦として振る舞うさいの源氏名だろう。
「はい。その通りです」
すると警戒心を解いたアーヴィンが語りかけてくる。
「ちょうどいい時に来てくれた。俺は在外商人をしているアーヴィンと言う。この店でプリシラの接待を受けていたんだが、トイレに行くと言って店の奥に入ってからなかなか戻ってこねえ。様子がおかしいってんでこいつらと見に来たら、店の用心棒がぶっ倒れてた」
彼の話を聞きながら倒れている用心棒の様子を伺う。完全に意識を失い昏倒しているようだが今のところ命に別状はなさそうだ。周囲をとっさに眺めていたが、周囲状況として気になるのは床が濡れているということだ。
「水? 雨でもないのに何で濡れてる?」
するとさらに目に入ったのは革製のコップだ。それらの状況を組み合わせて即座にある理由に気づいた。
「こいつは水じゃない。果実汁を入れた炭酸水だ。眠り薬でも飲まされたか」
「俺もそれを考えてたところだ」
「だとするとおかしい。用心棒がそんな簡単に飲み物を渡されて簡単に落ちるはずがない。可能性として考えられるのは仲間内から飲まされたということだ。おそらくは店の裏方役の男性スタッフだろう」
「身内の仕業ってことか」
「その可能性が一番高い」
するとローザが恐る恐る声をかけてきた。
「あの、店の給仕役の男性の1人が姿が見えないんです。ルストさんの姿は他の店舗従業員が探しています」
プロアはアーヴィンに声をかけた。
「そいつが一番、怪しいところだな」
「ああ、あからさま過ぎるがな」
その時だ。店の中から叫び声がした。
「キャアアアア!」
その叫び声を耳にしてプロアたちは一気に走り出す。
アーヴィンが声をかけた。
「どうした?!」
「支配人が死んでいるんです!」
「なんだと?!」
報告をしに来たのはレベッカだった。
アーヴィンと一緒に姿を現したプロアに不信感を持ったようだが、それを説明してくれたのもアーヴィンだ。
「こいつはプリシラの仲間だそうだ。正規の職業傭兵だから心配しなくていい」
説明を受けてプロアは名乗った。彼にとってアーヴィンの気遣いはありがたかった。
「準1級職業傭兵のルプロアと言います。状況を見聞させていただきます」
「ありがとうございます。こちらです」
彼らと一緒に向かった先は支配人の執務室だ。開け放たれたドアの中を覗くとその中では1人の男性が執務室の机の上で前のめりに倒れるように突っ伏していた。
机の上には、グラスに入った飲みかけのウイスキーがあり、クラスは倒れて中身が机の上にぶちまけられており、グラスは机の上を転がって床へと転げ落ちていた。
 







