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交渉人ダルムⅥ ―ダルム、シュウに問題の核心を突きつける―

 シュウは語り続ける。


「こちらが教えることは湯水のように何でもすぐに理解してしまう。どんな事態に出くわしても物怖じすることもない胆力。それに加えてあの気品と、素材の良さからくる美しさ。どれを取ってみても1つ1つ丁寧に手をかけてやれば10年に1度の、いえ、50年に1度の逸材になるのは間違いなかった。それはまさに宝石の原石そのものでした」


 その言葉にダルムも頷いた。


「その通りです。それは、あいつに職業傭兵として基本を教えてやった時にも私自身が感じていました」

「それほど逸材を前にして私は密かに思った。この子を一流の高級酌婦(ガストアミーノ)に育てあげてみたいと。そして、この子と2人でイベルタルの花街の頂点を目指してみたいと。でも、それは叶わなかったのは先ほどお話しした通りです。ですが、あの子は帰ってきた。2年半の時を経て私のもとに帰ってきた。だから一度だけでいい。あの子の晴れの姿をこの目で見てみたかったんです」

「それで、ルストの調査活動を支援することと合わせて高級酌婦として演出した上で送り出したんですね?」

「はい。その際に私の私情が大きく混じったのは否定できません」


 シュウ女史の言葉を耳にしてダルムは強く頷きつつ彼女の思いに理解を示した。


「あなたのお立場と胸に秘めた想いはよくわかりました。ルストと言う1人の少女に対して似たような思いを持つ者として改めてお話しします」

「はい」


 一呼吸おいて真剣な表情でダルムは語った。


「このイベルタルの闇街に潜む黒鎖(ヘイスォ)はルストを本気で全力で潰しにきています。おそらくはこのまま放置すれば最悪の状態に至るでしょう。それに何より、今回の事態に関してはルストに対して周囲の大きな見込み違いがあるのです」

「見込み違い? それは一体?」


 どんなに優れた人物だったとしても完璧ではない。そんなに理性的に振る舞っても、感情が狂わせることもある。人間とは不完全な生き物なのだ。シュウは今まさにそういう状態にあった。


「シュウ女史、あなたがあの子に見ていた理想の通り、あの娘は非常に優秀です。人並み外れて才能に恵まれてると言っていい。ですが、それが戦場や大きな事件への対処という意味においては、それは〝周囲との連携〟が在って初めて成り立つものです。決してあの子1人でなんでもできるというわけではない。それはあなたもご理解いただけると思います」


 ダルムのその言葉にシュウは頷いていた。


「ですが今回、あの娘に極めて難易度高い単独任務を与えた人物がいる。そして何より彼女自身が自分が国家の守りとして大きな責任を背負っているという事を深く理解している。そんなアイツが軽々しく任務を拒否できるわけがない」

「おっしゃる通りです。たとえ困難な任務でも、どんなに難しい仕事でも、あの子は決して逃げません」


 ダルムは頷いて答えた。


「その通りです。だがあいつのその前向きな性格が悪い方に運命の歯車を回してしまった。今回あいつが与えられた単独任務は一見すると単なる身辺調査活動に見えるかもしれない。しかし、その任務の裏側では、あの厄介な闇組織である黒鎖(ヘイスォ)が暗躍している。それに加えて、黒鎖から見てルストは、黒鎖のフェンデリオル国内参入の出鼻をくじいた憎い存在。ワルアイユで徹底的に黒鎖を叩いた張本人です。

 その後も黒鎖の活動を何度も潰してきた。隙あらば殺してやりたいと考えていたとしてもなんら不思議ではありません。それらを前提として今の状況を今一度振り返っていただきたい」


 その言葉にシュウもアシュレイも固唾を飲んで耳を傾けていた。


「いつ潰してやろうかと手ぐすねを引いて黒鎖(ヘイスォ)が待ち構えているこの街にルストはノコノコと1人でやってきてしまった。だが、ルスト自身が考えているよりもこの街は複雑怪奇だ。そして何より最も重要なのがこの街は黒鎖(ヘイスォ)の活動の中心地だということが最も問題なのです」


 そして、ダルムは最も重要な問題をシュウへと突きつけた。


「シュウ女史、今現在のルストの状況は、彼女が自分自身でその身を守れる状況にありますか?」


 その言葉の後に沈黙が続いた。そしてゆっくりとシュウ女史は自らの右手でその顔を覆った。


「しまった……」


 それが彼女がもたらした言葉だった。どう見ても後悔の言葉である。普段の彼女からは到底考えられない姿だった。

 だが、ダルムはそのような状況下で送れる言葉をすでに用意していた。


「シュウ女史、お顔を上げください」

「えっ?」

「まだ不安に陥るのは早い。そして、もう1つ、私がここに来た理由を今からお伝えいたします」


 シュウは不安を隠すように自らの両手の指を組んでいた。その背後からアシュレイが彼女の肩をそっと支えていた。そんな2人にダルムは告げた。


「すでに我々の仲間がルスト隊長の身辺状況を付かず離れずで見守っております。事後承諾にはなりますが、ルストが高級酌婦(ガストアミーノ)としてお役目を勤めている間、邪魔にならぬように配慮しながら身辺警護を始めています。これを正式にご了承頂きたい。

 我々とあなた方との間に溝が生じないように協力関係を結んでおきたいのです」


 不安をその顔に覗かせていたシュウだったが、ダルムの言葉にすがるような目線を向けてきた。彼女の言葉が漏れる。


「本当ですか?」

「ええ、様々な技能を持った仲間たちがすでに動き始めております。無論、何の対価もなしにあなた方にご協力をお願いするわけではありません。我々が得た情報は速やかに共有させていただきます。私がその窓口となります。いかがでしょうか?」


 交渉の本命を口にしてダルムはシュウの返事を待った。そして彼女は答えた。


「よろしくお願いいたします。私どもからも提供できる情報や協力関係は惜しみません。無事にこの街から任務を果して帰っていただきたいのです」


 そして、アシュレイも言う。


「よろしければこの応接室を待機場所としてご自由にお使いください」


 2人の言葉を耳にしてダルムも頷いた。

 

「ご協力感謝いたします。必ずやルストを――、プリシラを救ってみせます」


 交渉は成った。ダルムが差し出した右手をシュウはしっかりと握り返した。後はルストの今夜のお勤めを無事に最後まで終えさせるのみだ。


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