交渉人ダルムⅣ ―宝石を失う者と拾い上げる者―
「護衛役や身辺警護の人間は10名規模で常備しておりますが、基本的にはシュウ様の身辺警護と、この水晶宮の警備を主眼に置いたものです。我々自ら積極的に対外的な戦闘行動を行うことは外部の人間を雇わないことには難しいものがあります」
「つまり、非常事態が起きることが想定される場合は職業傭兵のような存在を適時雇い入れてるということですな?」
「ええ、その通りです」
つまり、シュウ女史を守るために身辺警護レベルの人間は常備しているが、彼女たちの側から積極的に攻め入るような強力な戦闘態勢は保有していないということなのだ。
「なるほど、そちら側の状況は了解いたしました。その事を前提としてある問題をご理解いただきたい」
ダルムは現在状態の要点の1つ1つをシュウへと順番に語って聞かせた。
再会の喜びの中にあるであろうシュウ女史が認識しきれていなかった事をダルムは口にする。その極秘情報の核心となる部分をシュウに突きつけた。
「ある問題?」
「ええ、
ルスト隊長は――この黒幕の人物を自分が摘発した組織の単なるパトロンと見ている。あるいは命令の発信元の1つくらいに思っているのかもしれません。ですが実際はそんなもんじゃないはずです」
「人物の名前は?」
シュウはそう問いかけてきた。核心となる人物の名前が重要な鍵になるということを理解しているからだ。ダルムは機を捉えてその人物の名前を口にした。
「――古 小隆――」
その名前を口にした時、その応接室の中の空気が凍った。
明らかにシュウが首筋にナイフを突きつけられたかのように強く思案しているのがよく分かる。
「その名前は存じています。そしてその危険性も」
シュウの背後で控えていたアシュレイも思わず言葉を口にした。
「黒鎖の国内総元締めです」
2人の反応見てダルムはあえてこう述べた。
「なるほどそこまで把握いただいているようですな? ではそれを念頭において次の話をお聴きいただきたい」
ダルムはさらに言葉を進めた。
「ルスト隊長は今現在、我々隊員たちに休暇を与えた上で、正規軍の防諜部の実力者の1人から単独任務を与えられています。先の密輸出組織の強制制圧任務で得られた情報を調べ上げるという任務をね」
「ええ、単独任務でイベルタルへと訪れ調査任務活動を行なっていると彼女自身の口からお聞きしております」
「そうですか。ですが、ここで一番重要なのは、ルスト隊長の行動は黒鎖の側にも筒抜け状態であるということです。我々の仲間うちにも裏社会の事情に詳しい者がおります。その手の者の働きにより闇社会におけるその深部の事情について知ることができました。その結果分かったのは、ルスト隊長の振る舞いが敵側にある行動を促す結果となったと言う事です」
「ある行動?」
「はい」
そこでダルムははっきりとした口調で言い放った。
「黒鎖は今現在、イベルタルでの全精力を上げてルスト隊長の排除に動いています」
「排除?」
「ええ、排除です。シュウ女史におかれましては、黒鎖が行う〝排除〟が何を意味するかお分かりですかな?」
その言葉にシュウは蒼白な表情を浮かべていた。
「ええ、一般的な意味での排除と、彼らが口にする排除、その意味の違いは私にも十分理解できます」
そう答えながら、シュウ女史は両手をぎゅっと固く握りしめている。今現在がいかなる状況なのか認識できているのだ。
そしてダルムはさらに突きつけた。
「それではさらにもう1つ。ルスト――いえ、プリシラ嬢は今どこに?」
シュウは努めて毅然とした態度を維持しながら、ダルムへと答えた。
「プリシラは今、高級酌婦に扮して、銀虹亭と言う高級酒房にて接客中です」
「高級酌婦?」
「ええ、プリシラ――いえ、ルストさんがその任務で詳しく調査したいと望んでおられた人物に関連した〝在外商人〟と接触するためです。彼女は今、とある大学教授の身辺調査を行なっているはずです」
「なるほど、自分自ら体当たりで潜入調査というわけですな」
「ええ、もっとも私自身の願望も加わっておりますが」
「願望?」
「はい」
今度はシュウが事情を口にする番だった。
「私にとってあの子は〝夢〟でした」
「夢――」
「ええ、権力と欲望が交錯するこの花街で生きる私にとって、3年前に出会ったあの子は光り輝く宝石のような存在だった。それが何かの間違いでこの薄汚れた裏社会へと足を踏み入れてしまった。悪質な手配師に捕らわれて逃げられなくなっていたところを助けたあの日から、あの子を自らの娘か妹のように手塩にかけて育て上げた」
「ですが、それから半年後に冬の山の峠へと逃したのでしたな?」
「ええ、悪辣な父親から逃れるためだったと記憶しています。理由はともあれ、私にとって夢のような半年間は終わってしまった。私の手のひらの中にこぼれ落ちてきたキラキラと光る宝石のような存在だったあの子は、私の手のひらからスルリと抜け落ちてまだどこかへと去ってしまった」
それはシュウがルストに対して抱いていた思いだった。そしてそれは、ダルムにも感じ入るところがあった。なぜなら――
「よくわかりますよ。あなたの手からこぼれ落ちてしまったその宝石を再び拾い上げて育てたのは私ですので」
その言葉を耳にした時シュウは驚きの表情を浮かべていた。







