虹の七随臣イリーザ、行動開始
彼ら、旋風のルストの仲間たち〝イリーザ〟のメンバーはそれぞれに目算をつけながら行動を開始していた。
ネクタールの店舗が入っている建物の外に出てくると2つに分かれた。すなわちシュウ女史と交渉するダルムと、それ以外のメンバーだ。
辻馬車を拾いその場から移動していく。たどり着いたのはシュウ女史の活動拠点である〝水晶宮〟だ。
そして、水晶宮の建物の周囲に散開して様子を伺った。
息をひそめて遠巻きに建物の様子を伺う。すると、水晶宮の建物入口正面の馬車ロータリー広場に1台の馬車がまわされてきた。
全員がそれに気づいていたが、その馬車の意味を理解してるのはプロアだった。
物陰に息を潜めながら佇んでいたプロアだったが、その派手極まりない馬車を見てつぶやいた。
「あれは至宝馬車!」
同行しているカークが尋ねる。
「知っているのか?」
「ああ、花街あたりで活躍している高級酌婦を送迎するための専用の馬車だ。高級酌婦は店舗に所属しておらず、置屋と呼ばる派遣業者に身を置いている」
「それが仕事の必要に応じて送り出されるというわけだ」
「そうだ。そして乗客の乗っていない至宝馬車が来たということは、あれに誰かが乗って出かけていくということだ」
「そういうことか」
そして懐から念話装置の子機を取り出すとそれに向けて声をかける。
『こちらプロア』
『こちらリサです』
『ルストが訪れているであろう水晶宮に至宝馬車と言うド派手な馬車が到着している。全員にそれに注目するように伝えてくれ』
『了解です。速やかに伝えます』
『頼んだぞ』
やり取りを終えて通信を切る。これで残りの連中にも注意を促せるだろう。
そして、プロアは自らの経験から次の行動を引き出した。
「至宝馬車が行くのは大抵が花街だ。問題はどこの店に送られるかだな」
「目算はあるのか?」
尋ねてきたカークの言葉に返事をする。
「いや、個別の店の予想はつかない。しかし送られる大体のエリアは想定がつく。高級酌婦が顔を出すような高級酒房は花街の東5番丁に集中している」
プロアは元々が闇社会で活動していた人間だ。イベルタルの花街の街並みなど諳んじていて当然だった。
「では、その辺りで先回りする必要があるな」
「ああ、その方がいいだろう。俺は精術武具の〝アキレスの羽根〟があるから直接追跡可能だ」
「それならば、先行して馬車を追跡してくれ。目的と場所が判明したら、どこかで待ち合わせよう」
「そうだな。花街のメインストリートの東5番丁入り口はどうだ?」
「ああ、それでいい」
「――っと、出てきたぞ!」
2人のやり取りをしている間に水晶宮の建物の中からルストが姿を現した。無論あの豪華にして華麗なドレス姿だ。遠目に見てもその美しさが光り輝いているようだ。
そんなルストがド派手な至宝馬車に乗り込んで引く。一緒に搭乗するのは――
「あれはシュウ・ヴェリタス?!」
「北の女帝と呼ばれている人物か?」
「ああ、ここからでも見えるはずだ」
「あの人物か」
「ああ、あの独特の輝きの黒髪の女性だ」
「その隣に一緒にいるのがルストか?」
「ああ、まるで別人だがな」
シュウ女史と同行しているルストはその髪は丹念かつ繊細に結い上げて、髪にもふんだんにアクセサリーを施していた。
身に纏うドレスはタイトなシルエットのロングドレスでミスリルプラチナの細チェーンでドレスの前身頃を首筋に吊り上げている。背中側は首筋から腰骨の少し下の辺りまで全面が露出している。それに毛皮のショールを羽織ってさらに彩りを加えている。
足には革製のパンプス、首筋や手首や指先にも貴金属のアクセサリーがこれでもかとあしらわれている。そして華やかさを極めるのはその顔に施されたお化粧。どれひとつをとっても普段のルストでは考えもよらないほどに壮麗かつ煌びやかなものだ。
2人はその様子を複雑な思いで眺めていた。
そしてカークは意外なことをつぶやいた。
「あそこまで着飾っているということは――まさか体を売りに行くわけじゃないよな?」
プロアはそれをたしなめるように答えた。
「カークのおっさん。心配し過ぎだぜ? 酌婦と娼婦は違う。あいつが扮してるのはあくまでも酌婦だ。客の宴席に同席して酒食の補助をするのが仕事だ。酌婦は逆に肌を触らせるのも御法度なんだよ」
「そうか。それならいいんだ」
どうやらお硬いカークにはこの手の状況は免疫が無いようだ。だがプロアも疑問の言葉を口にしていた。
「ルスト、今の状況でそんなことやっている場合じゃないだろう」
「どうした?」
「ん? いや、あまりに状況認識が甘いと思ってよ。この街は黒鎖の根拠地だ。この街を起点としてフェンデリオル全土に暗躍の手を伸ばしている。そんな街に1人でノコノコと目立つ格好してうろつき回ったらあっという間に襲われるぞ」
その言葉にカークは言う。
「否定はせんよ。今回ばかりはあいつは何を考えているのかさっぱりわからん。何かしら意図はあると思うんだが、いかんせん状況的に危険すぎる」
「ああ」
プロアは念話通信で報告をあげた。
『こちらプロア』
『こちらリサです』
『ルストが至宝馬車に乗ったのを確認した。馬車の行き先を先行確認するから、他の連中に〝花街の東5番丁〟のメインストリート側入り口に移動するように伝えてくれ』
『了解一斉通報します』
この後、リサが念話装置で一斉通報して情報を共有する。
その間にもルストを乗せた至宝馬車は走り出した。
車体の外側にも内側にも極彩色の光を放つランプやシャンデリアが設けられている。その光に照らされてルストの姿は誰よりも眩しく浮かび上がっていた。
そして馬車は走る。走り抜けるその時、たまたま至近距離でプロアが身を潜めて佇む場所を掠めていった。
「ルスト――」
至宝馬車の中、夢の中の姫君のようにその姿は輝きに満ちていた。それはまさに宝石箱の中の至宝の宝物。
視線で馬車の動きを追う。するとその時、念話装置に入感があった。
『こちらリサ』
『プロアだ。どうした?』
『ダルムさんより、この場でシュウ・ヴェリタス女史の帰りを待った上で交渉に臨むそうです』
『了解した。ダルムに伝えてくれ。至宝馬車に乗った酌婦の同行人は酌婦を宴席の行われる店に送った後、一旦置屋に戻ってくるのが慣例だ。そう時間もかからず戻ってくるだろう』
『了解です。伝達します』
通信を終えてプロアはつぶやく。
「ルストを店に置いたらすぐに帰るはずだ。どこの店に行くか突き止めるのはその一瞬しかない」
そして、カークが言葉を添えた。
「頼んだぞ。俺は手はず通り指定された場所に行く」
「ああ、後で迎えに行く。他の連中ともよろしくな」
「分かった」
そして、プロアは両脚に装着している精術武具のアキレスの羽根を作動させる。
「精術駆動、飛天翔!」
軽いステップで大空へと舞い上がる。上空から至宝馬車を追うのだ。
「よし」
カークはそれを見送ると辻馬車に声をかけて乗せてもらう。向かう先はもちろん花街の〝東5番丁〟だ。ルストを巡る追跡行は始まったばかりだ。







