高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅩⅡ ―アーヴィン、謝罪する―
私は彼の名前を呼んだ。
「アーヴィンさん?」
「おう……」
おぼろげな声で答えながら彼はその右手を上げている。おそらくは賛成の意思だろう。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫とは言いにくいがな。でも話は聞いてた。フェンデリオルの西の方に手を貸すんだろう?」
「ええ、一昨年に侵略事件が起きたあの土地です」
「知っている。あまりにもデカイ事件だったからな。復興が必要だとは聞いていたが、そうそう簡単に上手くいくはずがねえやと思ってた。そしたらやっぱり想像した通りだったな」
私は改めて彼に言う。
「お恥ずかしい限りです」
「そうだなあ。困ったやつのところに手を貸さないというのは恥ずかしいよな。なぁ? ニルセン、アルシド」
「ああ」
「アーヴィン、君もどうかね?」
アーヴィンさんは顔を少し動かして視界の片隅に彼らを捉えて答える。
「決まってるだろう。これも一口、乗らせてもらう。水運を含めた物流は任せろ」
「君ならそう言うと思っていたよ」
「当たり前だ。お前らと何年の付き合いになると思う?」
「もう足掛け10年になるか」
「ああ、こうなったらお互い墓場まで一蓮托生だ」
彼の言葉にみんなが頷いていた。私はそんな彼らに告げる。
「これでまとまりましたね」
私の膝の上でアーヴィンさんが答える。
「プリシラ、お前のおかげだ。改めて礼を言うぜ。俺もようやく目が覚めた。今まで何に対して怒ってばかりいたのか。お前に負けて急に冷静になれた。このままでよいはずがない。状況を変えるためにはまず自分が変わらねえとな」
私は精一杯の笑顔で彼に語りかける。
「ありがとうございます。そのことに気づいて頂きたかったんです」
膝の上の彼の顔を眺めながら言う。
「アーヴィンさん、あなたは本当は気持ちの優しい人です。あなた自身の過去話を聞きながらそう思いました。そうでなければ、ひどい目に合わされていた水夫の人たちを厚遇するなどということはそう簡単にはできないからです」
「買いかぶりすぎだ。俺は海賊だぜ? やりたい放題にやってきたクズだ」
「いいえ。本来、海賊と言うのは苦しい立場から逃れて自由と平等を求めて海原に繰り出した人々のことです。支配して当然と思っている人々に敢然と立ち向かった人々です。海の上の理不尽に気づいているあなたなら、陸の上の理不尽にも気づいてくれるはずと思っています」
私の言葉に彼は笑った。
「そこまで言うなら、そういうことにしてやるよ」
「ありがとうございます」
そこで彼はゆっくりと体を起こす。ソファーに座りなおして私の傍で皆に視線を配りながらこう告げた。
「そうなると定期的に集まるための場所が必要になるな。でもそれなんだが、いっそこの店でどうだ?」
「悪くないな」とニルセンさん。
「この店なら来慣れている」とアルシドさん。
「もっともその前にこの店の彼女たちに正式に謝罪する必要があると思うがね」とカルロさん。
「確かに1度、そうするべきかもしれんな」とレグノさん。
「やっぱりそうだよなぁ」とアーヴィンさんは頭をかきながら苦笑していた。
そう答えて立ち上がると何を思ったのかラウンジルームの舞台に向かうと座り込んで両手をついた。
「今まですまなかった。本当に申し訳ない」
プライドの高い1人の男が頭を下げた瞬間だった。私との果たし合いに負けたということもあるだろう。意地と意地をぶつけられるだけぶつけて敗北して、意固地になっていた思いがほぐれたのだ。
改めて思う。この人は本当は優しくて思いやりのある人なのだ。そうでなければ自由と平等を尊ぶ海賊の船長などという仕事はできないのだから。
この店の専属酌婦のリーダーであるアンジェリカが彼に歩み寄って手を差し伸べた。
「顔を上げてください。お気持ちだけで十分です」
言葉通りに顔を上げてゆっくりと立ち上がるとその右手を差し出す。その手をアンジェリカが握り返していた。
今ここにやっとこの店が抱えている問題は解決を見たのだ。







