高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅨ ―果たし合いの結末と、ニルセンの独白―
アーヴィンの顔を見下ろしながら、彼らの会話が始まった。
「まったく。根は悪いやつではないんだが、頭に血が上りやすいのと乱暴なところがあるのが玉に瑕だな」
「ああ、ただこれで鼻っ柱がへし折られてくれるといいんだが」
「それにしてもこいつどうする? このまま床に転がしとくか?」
「仕方あるまい。仰向けにして頭の下に布でも敷いてやろう」
「そうだな」
商売でも付き合いがあるという2人はテンポ良く会話して酔いつぶれたこの大男の取扱いについて話していた。だが私はそこで一計を案じた。
「あの、お願いがあるのですが、よろしいですか?」
振り向いたのはパルフィアとの混血のアルシドさんだった。
「なんだね?」
「彼は私の膝の上に寝かせてくれませんか? 戦って健闘した相手を床の上にそのままにするのはさすがに忍びないので」
その言葉にアルシドさんは大きくため息をついていた。
「さすがにこの大男を動かすのは骨なんだが――」
ニルセンさんが声をかける。
「いいさ、私も手伝おう」
さらにはカルロさんが、
「人数は多い方がいい」
レグノさんもそれに賛同する。
「そうだな。4人がかりならなんとかなるだろう」
図らずも男性陣に迷惑をかけてしまうことになった。かなりの大柄な身体を4人がかりで持ち上げて私の座ったロングソファーに寝かせ、私は膝枕をした。深い酔いの中に落ちている彼は子供のようにあどけない顔をしていた。
「ありがとうございます」
「いや、礼には及ばん」
「それよりまさか、あの酒豪のアーヴィンを打ち負かすとはな」
「まったくだ。さすがとしか言いようがない」
「高級酌婦の肩書きは伊達ではないな」
アーヴィンさんを私の膝の上で寝かしつけると4人ともそれぞれの席に戻っていった。そしてそれぞれに何か思案げな顔をしている。
先にまず口を開いたのはニルセンさんだった。
「彼の生い立ちはおぼろげながらに聞いていたんだが予想通りだったな」
その会話に相槌を打ったのは同席のレベッカだった。
「そうなんですか?」
「ああ、苦労に苦労を重ねて生きていたことは知っていた。何しろ私も似たようなものだからな」
「ニルセン様もですか?」
「なんだ信じられんかね?」
少し皮肉めいた言い方。でも嫌味はない。
「いやそういうわけでは」
「皮肉に聞こえたら謝ろう。何しろ私もろくな育ち方をしてないんだ。君は【半々】と言う俗語を知っているかね?」
「いえ、初めて聞きます」
私はその言葉に説明を加えた。
「フィッサールの東方人の言葉で混血を意味する単語で、どちらかと言うと侮辱をこめた言い方です」
ニルセンさんは私の言葉に頷いた。
「その通りだ。私はフェンデリオルとフィッサールの混血として生まれた。しかしそれは不幸しか生まない。フィッサールの東方人はどこの土地に行っても同族同士で居住地を作る。それは言い換えれば東方人の血筋をどこの土地に行っても守ろうとしていることを意味している。しかし例外は生まれる。私のようにね」
彼はそう呟きながらグラスをとるとその中のウイスキーを傾けながらアーヴィンを見つめていた。
「東方人社会の中では半々はよそ者扱いされる。わかりやすいところでは半々は東方人の部族同士の会話で用いる同族語を教えてもらえないのだ。一般的な公用語止まりだ。ありとあらゆる場において疎外感を感じながら私は育った。だから私は成り上がる事を目指した」
彼のグラスの中の氷が転がって音を立てた。
「人より倍働いた。どんな苦労も重ねた。誰もが目を背けるようなひどい仕事も積極的にやった。少しずつ財産がたまり自分でも事業を起こせるようになった。そこで初めて東方人の同族たちが私を認めた。一緒に事業をやろうと声をかけてくれた。とても嬉しかった。だが――」
一瞬言葉が詰まる。その先に何が起きたか想像がついた。私は声をかけた。
「裏切られたんですね?」
「――そうだ。事業の権利を掠め取られ、何もかも無くした」
その時の彼の表情には底知れぬ絶望と燃え上がるような怒りが宿されていた。
「怒り狂う私にやつらは言った。『半々風情が調子に乗るな!』とね。それ以来私は誰も信用できなくなった。一からやり直した。必死に働いた。金を貯めた。そして、奪えるものは何でも奪った。冷酷な虫のような男といつしか呼ばれるようになった。いや、本当に虫のような心だったのかもしれない」
彼は小さくため息を付いて言葉を続けた。
「だが、そんな状況はいつまでも続けられるわけがない。なにより、信頼のおける仲間は得られない。私はいつでも一人だった。不満と苛立ちは貯まる一方だ。そんな折だ顧客に誘われてこの店に来たのは」
そして、彼はその店の専属酌婦の彼女たちに向けてこう言ったのだ。
「それ以来、この店を私の鬱憤のはけ口にしてしまっていた。だが、今日のアーヴィンの姿を見ていて本当にこれでいいのかとはたと気づいた。今やっと自分がいかに異常だったのかに気づいた。本当にすまなかった」
彼のお詫びの言葉はその部屋の中に響いていた。







