高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅧ ―高級酌婦の果たし合い:決着―
一方でお互いに盃も進んできた。そろそろ変化が出る頃だ。
彼が5杯目を掴もうとするその仕草を観察していれば、腕の動きがゆっくりとなっている。
――来た!――
頭の中の考えと、実際の体の動きが、釣り合わなくなってきている。私は駆け引きをしかけた。彼が5杯目を掴んで飲み始めた時に、自分の3杯目の飲み方早くした。先をリードされて焦りを覚えたかのように。
――タンッ――
彼はグラスをわざと音を立ててテーブルの上に置く。そして、こう言い放つ。
「これで半分、折り返しに来たぜ?」
「まだ最後まで飲んでないわよ」
「先に飲み終えてお前が潰れる様を見物させてもらうぜ」
そして6杯目を手にする。それもまた一気に煽る。その飲み方、まさに豪快の一言だ。しかしだ――
「ふぅ」
彼が大きく息を吐いた。そして、テーブルの上に6杯目のグラスを置いた時、空のグラスが倒れて転がっていく。
「おっと」
彼はとっさにそれを拾う。かなり酔いが進んでいるようだ。
スピリタスにかぎらず高度数の酒はこれが怖いのだ。飲みやすいからと煽り続けると瞬く間に酔いが回って足腰が立たなくなるのだ。これはどんな酒豪でも同じだ。
私は焦らずに3杯目を飲み終えてテーブルの上にグラスを置く。
そこで私は一芝居打った。
「ふ――」
3杯目を飲み終えたところで大きく肩で息をする。そして、ドレスの襟元をまくって手のひらで仰ぐ。火照る体の熱さに耐えかねて肌を露出させている風を装ったのだ。さらにもう一芝居、4杯目を手にして飲む時に1回で飲み込みきれずに止まってしまった有様を装ったのだ。
「あっ――」
周りの専属酌婦の1人レベッカが心配そうに声をあげた。
大きく息を吸い込んで残りを飲み干す。ガラスを置くときもあっさりとテーブルの上に置かずに手から滑る落としたように演技した。
果たして――
「どうした? 酔いが回ってきたか?」
「まだまだよ」
言い放つアーヴィンは7杯目に手をかけた。顔は完全に真っ赤で、相当に酔いが進んでるのが誰の目にもわかる。彼が手にしているのはブランデーでもシャンパンでもない。世界最強の酒、スピリタスなのだ。そのことを理解せず一気に煽り続けたら果たしてどうなるか?
私は表情を変えずに彼の様子をうかがう。
4杯目に手こずっているように見える私に対して、ニヤリと笑うと7杯目をなおも一気に煽った。そして8杯目、間髪おかずにそれも一気に煽る。さらに一気にペースを上げて優位性を示そうとしたのだ。
「こっちはあと2つだぞ? 先に全部――」
9杯目を手にしようとした時だ。テーブルの上に右手を伸ばして少し前のめりになった時、彼の身体がバランスを崩した。
右方向へと体がよろけてそのまま床へと倒れこむ。9杯目のグラスは床に落ちてそのまま転がった。
スピリタスは無味無臭であるがゆえに意外と飲みやすい。飲んだ後に喉や体に反応が出てくる。酒精が体に回って思うように動かなくなるのに気づいた時にはもう遅いのだ。
勝負を見届けていたレグノさんがアーヴィンの様子を伺った。
「大丈夫、息はしている。しかし完全に意識を失ってるな」
私は立ち上がると床に膝をついて彼の様子を伺った。
「完全に深酔いしてますね。まぁ、それは計算済みだったんですけど」
「計算済みだって?」
「えぇ、単純計算で、スピリタスはエール酒の10倍以上の度数になります。同じグラスならばエール酒だと10倍の量を呑んだことになります。それをさらに掛けることの10倍です。急いで呑んだら酔って当たり前なんですよ」
彼の無事を確認して立ち上がろうとする。とはいえさすがに私もスピリタスを連続で飲んだのでかなり酔いが回っていた。
「あっ――」
頭の中がぐるぐると回りそうになる。体のバランスが崩れて後ろのめりに倒れそうになる。ちょうどその時、私の背中をレグノさんが受け止めてくれた。むきだしの素肌を両手で支えてもらったので彼の手のぬくもりが嬉しくもあり恥ずかしくもあった。
「おっと? 大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。さすがにちょっと飲み過ぎました」
「でしょうね。あんなに強い酒ですから。平気そうに見えても腰が抜けてるのではないかと思ったのですがやっぱりでしたね」
「お恥ずかしいです」
彼に肩を支えられてロングソファーの自分の席に戻る。
その一方で、アルシドやニルセンがアーヴィンに歩み寄って様子を伺っていた。







