高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅧ ―高級酌婦の果たし合い:序盤―
私は彼にけしかけた。
「勝負しませんか?」
「あ? どういうことだ」
「お互いの生き様とプライドを賭けた真っ向からの勝負です。負けた方が片方の言い分を全面的に飲むと言う事でどうでしょう?」
「てめえのような女の細腕で俺とどうやって戦う」
ここでも彼の本音が出た。彼は女を自分よりも弱い存在と決めてかかっているのだ。だからこそ下に見るし扱いが乱暴なのだ。しかし彼は気付いていない。それでは、自分を捨てた父親と同じだということに。
ともあれ、彼の右手は力が緩んだ。私の言葉に興味を示している証拠だ。
「花街では夜の女が客と揉め事となった時に、その客と果たし合うための作法があります。すなわち〝飲み比べ〟です」
彼は私から右手を離した。そして、ソファーに腰をおろすと自分から向かいあって耳を傾けてくれた。
「いいだろう。お前の言う夜の街の果たし合いの作法、受けて立ってやるよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは早いぞ。負けたらどんな酷い目にあうかわかってるんだろうな?」
「それは当然ですが、そもそも負けるつもりはありませんので」
「可愛くねえ女だ! いいだろう! 打ち負かして、素っ裸にひん剥いてやる。股ぐらのあいだまで晒し物にしてやろうじゃねえか」
「やれるもんならどうぞ」
そして私は部屋の外へと声をかけた。
「〝アレ〟を持ってきてください」
事前に準備をお願いしていた話し合いのためのセットだ。大きめの銀盆の上に酒のボトルとカットされたライムと、合計20個のショットグラスが並んでいる。酒のボトルにはこうお名前が記されていた。
――スピリタス――
極めて度数が高く酒精がほとんどというとんでもないお酒だ。これなら酔いもあっという間に巡ってくるだろう。盆を運んできてくれた給仕役が、その他に小さなテーブルと2脚の椅子も用意してくれた。
その上にグラスのセットを置き、準備を始める。
20個のグラスをテーブルの上に2列に並べ、それにスピリタスを注いでいく。ただし高純度すぎるのでそのまま飲むには喉が荒れてしまう。だから仕上げにカットされたライムから絞った果汁を加えて口当たりと度数を調整すれば出来上がりだ。
私が動くよりも先に彼は勝負のテーブルセットの片側の椅子に腰を下ろした。海賊をしていただけあって勝負事での振る舞いは手慣れたものがあった。私も着衣の乱れを直しながら勝負のための席に着く。
そして、勝負のルールについて告げた。
「酒の注がれたグラスが1人10杯、これを自らのペースで飲み干します。ギブアップをしたり酔いつぶれた方が負けとなります。両方とも最後まで飲み干して潰れなかった場合、再戦を望まない限り引き分けとなります。小細工は一切なし、よろしいですか?」
「異論は無え。話し合いの作法、了解した」
よし、これで全ては整った。その時、ラウンジの片隅で静かにグラスを傾けていた彼が立ち上がった。レグノ氏だ。私たちの方へと歩み寄った。
「私が果たし合いのための見届け人になろう。双方ともよろしいか?」
私が言う。
「異存ありません。いつでもどうぞ」
彼が言う。
「異存なしだ」
これで話し合いのための前提条件となる同意は取れた。レグノ氏が果たし合いのテーブルの傍らに立ち、私達に告げた。
「それでははじめ!」
みんなが固唾を飲んで見守る中でアーヴィンとの勝負は始まった。
まずは一杯目、序盤でも私は焦らずゆっくりとショットグラスの中の酒を喉へと流し込んだ。ライム果汁で調整しているとはいえ、飲んでいるのが極めて度数の高いスピリタスなので、喉が焼け付くように熱くなるのだが、そこに負けて一気に流しこむと後から痛い目を見ることになる。
それに対して勝負相手のアーヴィンは勢いを優先させて一気に流し込んでいた。余裕を見せてこちらを焦らせようと言う腹積もりなのだろう。私が一杯目を飲み終える前に2杯目に手をかけた。
「先に行かせてもらうぜ」
そう言い残し2杯目を煽る。その飲み方はさすが元海賊と呼ぶにふさわしいものだった。彼が2杯目を飲み終えてようやく私は2杯目に手をかける。それとて焦って手を出したわけではなかった。
「慌てるなんとやらは貰いが少ないって言うわよ?」
「ぬかせ! こういうのは勢いで行っちまった方がいいんだよ」
「そういうことにしておくわ」
2杯目を喉の中で転がすようにしてゆっくりと飲んでいく。スピリタスが喉を通りすぎる時に焼けるように痛くなるが、それを悟られないようにあくまでも悠然としてどっしりと構えて3杯目のグラスに手をかけた。
対する彼は早くも5杯目に手をかけていた。スピリタスは無味無臭であるために意外と飲みやすい。ライムの果汁で口当たりを調整しているからなおさら流し込みやすいのだ。
そんな私の様子を専属酌婦の彼女たちは固唾を飲んで見守っている。レグノさん以外の在外商人の彼らは一様に複雑な表情を浮かべていた。







