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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第6話:北の街イベルタルにて(後編) ―ルスト、夜の潜入調査任務―
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高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅧ ―プリシラ、アーヴィンへの反撃―

 彼の怒りはまだ続く。


「確かに国の外にいる強みを活かして節税をやったり、国と国との法律の違いを利用して違法行為スレスレのことをやってるのは事実だ。だが、商売をやっている人間なら、額面通り法律を守って当てたら利益なんて出てこない事ぐらい、知っていて当たり前の話だ。少しでも利益を得るために裏でこそこそ色々やらかしてるもんなんだよ」


 そして彼は自らの中の怒りを吐いた。


「なのにこの国じゃ、商業の活動拠点を国の外に置いている――、ただそれだけで白い目で見られる! 俺が元海賊と言う経歴の持ち主だとわかればなおさら距離をとる! ヘタに弁明をしても心象が悪くなるばかりだ! しかし、俺にはもうこの国での商売しか残されていねえんだ!」


 彼はさらに私の方へと向き合うとその義肢の左手を私の肩に乗せると真っ向から問い詰めてきた。


「俺はどうすればいい? このまま尻尾を巻いておめおめと逃げるしかないのか? 全てを諦めて商売をたたむしかないのか? フェンデリオル人のお前ならどう考える? 答えろ!」


 そこで私は気がついた。ニルセンもアルシドも悪評のついて回る在外商人の人は同じように沈黙したまま真剣な表情で私を見ていた。おそらく彼らも同じような状況なのだろう。生い立ちにおいてもそれぞれに辛い経験を重ねているはずなのだ。

 言い訳はできる。言い逃れはできる。

 取り繕ってこの場を逃げて、やり過ごすことはできるだろう。でも少なくともこの人たちとの対話において彼らの懐の中に入り込むことはできない。

 なぜなら、


――彼らがその胸の中に宿している〝大きな怒り〟に向き合っていないからだ――


 ならばどうすればいい? どう向き合えばいい?

 答えはひとつしかない。真っ向から立ち向かうしかない。

 私が答えられるのはたった1つだ。


「なぜこの国の〝あたりまえ〟に寄り添わないのですか?」

「なんだと?」

「さっきから聞いていれば、この国の〝あたりまえ〟から逃げるような言葉ばかり! この国とて好き好んで全ての国民に戦うことを強いているわけではありません! そうしなければならない理由があるからです!」


 私は職業傭兵だ。この国の戦いの最前線に身を置いている。国民が一丸となって戦わなければならない、その根本的理由を目の当たりにしているのだ。


「この国の西の果てに行けばある事実が見えてきます。それは『今なお戦争が続いている』と言う現実です!

 戦っている相手とは、国の規模も、軍勢の総数も、まるで違います! 戦っている年月は200年を優に超え戦いの落としどころもまるで見えてきません! それでもこの国を存続させるには戦い抜くしか無いんです! そんなことこの国に生きる人間なら誰もが知っていることです! 義勇兵として参加しないことを尋ねてくるのは、この国の当たり前として国を守るという行為に参加して当然と言う〝常識〟があるからです! あなたはその常識に寄り添っていない! 目を背けている! だから疎まれているんです!」


 だが彼は私の言葉を拒絶した。


「そんなの知るかよ! ここは俺を捨てた国だ! 俺の父親が逃げ込んだ国だ! そんな奴のために命を張る理由がどこにある!」


 1つ理由が見えた。彼の中の怒りの理由。それは――


――親に捨てられた――


 過酷な人生を送る引き金となった理由の1つ。冷酷無情な父親という存在。それに対してぶつけるべき怒りをどこにもぶつけられない――、その虚しさを彼はこの国に対して当たり散らしているのだ。

 物悲しくもあり、何より情けなかった。

 私はあえて彼の怒りに真っ向から向き合った。そしてこう告げたのだ。


「腰抜け!!」

「なんだと!?」


 ――ドンッ!――


 彼はグラスを勢いよくテーブルに叩きつけた。これはもう彼の習性のようなものだろう。怒りや苛立ちを溜め込みながら育ってきた彼にとっては乱暴な振る舞いは無意識の行動としてどうしても出てしまうのだ。他の酌婦の彼女たちは少し怯えているが、私にはいささかも怖くはない。

 私は彼に突きつけた。


「腰抜けだから腰抜けと言っただけです! あなたが父親に捨てられた、それは1つの現実です。あなたの父親が冷酷非情な人間で自分の子供に一切向き合おうとしなかった。その虚しさと怒りは未だにあなたを苦しめている。ですがその怒りを叩きつける相手を間違えてます!」

「それがどうした! 許せないものは許せねぇんだ!」

「それが八つ当たりだって言ってるんです! 腰抜け!」

「てめぇ!!」


 彼は立ち上がる。怒りそのままに。だが私は彼に見下ろされても一歩も引かなかった。


「そのご様子では、お父様とはお会いになられていないのですね。なぜですか?」

「ぐっ……」


 図星だった。答えに窮している。


「今のあなたなら腕力も財力も、お父様と向かい合っても決して負ける事はないでしょう。今までに受けた理不尽を倍返しにして叩きつけることもできるはずです。なぜですか? 怖いのでしょう? 自分を捨てた相手と向き合うことが! 怖いから恐ろしいからそのはけ口を求めて世の中をさまよい歩く! そして当たり散らす! それがあなたの正体です! 自分の運命に真っ向から立ち向かわない! それが腰抜けでなくて何というのですか?!」


 彼はその怒りを完全に持て余していた。そして、投げ捨てるようにグラスをテーブルの上に置くとその右手で私の首筋を掴んだ。彼は憤怒の表情で私に言い放つ。


「ぶっ殺されてぇかてめえ」

「あなたに私を殺すような度胸があれば」

「言いやがったな?!」


 彼の右手が私の首を絞める。ミシミシと音がする。だが命の危険は不思議と感じなかった。まだ、立ち向かう策はあるからだ。

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