高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅦ ―アーヴィンと語らい合う、その3―
彼は私の前で語り続けた、それは、彼が胸の中に秘めた辛い記憶の一旦だったのだ。
「俺と同い年の連中が何人も姿を消した。追い詰められて甲板長にナイフで襲い掛かったやつもいる。そいつも結局袋叩きにあって海に捨てられたがな。結局、船乗りなんてのはそういう連中ばっかりだ。だから怒る、恨む、復讐する。行き着いた先が――」
「〝海賊〟」
「そうだ。北の海の海賊は金持ちや高慢な船主や船長たちに復讐するために海に乗り出してるのさ。俺は海賊になったのは18の時だ。それなりに年数を重ねて捨てられることもなくなった。だが不当な扱いはそのままだ。そんな時、俺が乗っていた船を襲って来た海賊船があった。海賊どもは言った『船長と看板長はどこだ』ってな。2人ともいつもの威勢とは裏腹に船底に逃げ込んで隠れていた。俺は海賊どもに言った――
『腰抜けの豚野郎どもは船底に隠れてるぞ!』
――ってな。その日を境に俺は海賊になった」
いつしか誰もが沈黙して彼の言葉をじっと聞き入っていた。無論私もだ。
「たくさん襲った。たくさん奪った。親父に捨てられ、母親とは会えなくなった悲しみを埋め合わせるかのように。海賊として商船を襲えば襲うほど船乗りの社会の理不尽さが鼻をついた。襲っても襲ってもキリがなかった。いつしか俺は疲れていた。
それから20年海賊としてやってきて自分自ら船長にまでなったが、長年の船の生活で内臓壊しちまってな、船を部下に譲って海賊から足を洗い陸に上がった。長年の海賊としての経験と勘を生かして、今度は自分が船主になり廻船商人になった。船乗りの裏事情を知っている俺は、下級の船乗りを厚遇し、海賊たちともうまくやりあった。周りの連中が不思議がるくらいに大儲けしたよ。何しろ船乗り集めに苦労しねえからな。頼むから働かせてくれって水夫の方から言ってくるんだ。笑いが止まらなかったぜ」
「それで一財産築いたんですか?」
「そうなればよかったんだがな――」
そこでまた彼はグラスをテーブルの上に叩きつけた。再び彼を挫折が襲ったのだろう。私はある推測をした。
「もしかして他の船業者のやっかみですか?」
「そうだ。俺が強引な商売をしているとか、船乗りを虐待しているとか、海賊に賄賂を渡して通じているとか、あることないこと騒がれて、船主としての許可状にケチがついちまった。俺がやっていた下級の船乗りの好待遇ってのが一番気に食わなかったんだろう。でっち上げの裁判であっという間に負けた。そして俺は諦めて商売の場を変えることにした」
アシュレイさんの話では商売の悪辣さで商業行為に制限がかかったと言われているようだが事実は違うようだ。むしろ逆だ、彼は居場所がなくなり追い詰められてこの国に来たのだ。
「それでフェンデリオルにですか?」
「ああ、フィッサールのオーソグラッド領を拠点に船主としてやり直すと、そこから陸上での物資の運搬や馬車に必要な馬の売り買いにも手を出すようになった。そして陸地での貿易にも手を出すことにして、いよいよこの国に足を踏み入れたのさ」
「このフェンデリオルに?」
「ああ」
彼がこの国にたどり着いた理由、それは分かった。しかし問題は彼がこの国に何を思ったかだ。彼の表情を伺えば決して喜びだけではなかったのは間違いなかった。
「同じ在外商人として商売をしていたアルシドやニルセンと知り合った俺は、こいつらと組んで商売を回すようになった。国と国をまたいで品物を動かすんだ。利益は面白いように出てきた。しかしそこでもジジスティカンで味わった苦い思い出が蘇った」
今までの話の流れからして私はとても嫌な予感がした。
――フェンデリオル人の持つ在外商人に対する偏見――
ミルゼルドのレミチカも、
ハリアー教授も、
シュウ女史も、
シュウ女史の周りの取り巻きも、
皆一様に在外商人に悪い印象を持っていた。
在外商人が、フェンデリオル市民に必須の国防への参加を果たしていないと言う問題だ。他にも国の外に拠点を置いているからこそフェンデリオルの商業習慣の枠を超えた意外な利益を得ているはずだ。そしてそれは――
彼の言葉が響く。
「この国では外からやってきた商人ってのは嫌われているという現実だ」
私は息を呑みながら慎重に言葉を吐いた。
「在外商人に対する風当たりですね?」
少しばかりの沈黙が流れ、彼は憤怒を隠さぬままに言い放つ。
「そうだ。この国の連中は、国の外から来た商人に偏見を持っている!」
――ダンッ!――
彼は怒りそのままに酒のグラスを再びテーブルに叩きつけた。私は表情を変えぬままブランデーを注いだ。
「偏見の理由はいろいろあるようだが、どれも俺にとっちゃ身に覚えのないことだ。と言うよりここは親父の故郷だ。息子である俺を捨てたあの親父の故郷だ。完全にこの国に根を下ろして暮らせばいいんだろうが、どうしてもその気にはなれなかった。あのクソ親父と同じ国民になるということが納得できなかった。それをやっちまえば生き別れになったお袋との繋がりを自分自ら捨てることになるからだ! しかしだ!」
酒の勢いもかって彼の怒りは暴走しつつあった。しかし私はここから逃げるわけにはいかない。彼の怒りも含めて受け止める義務があるからだ。
高級酌婦として、職業傭兵として、
彼は言う。
「どいつもこいつも、最後に口でするのは〝義勇兵に参加しないのか?〟そればっかりだ! まるでこの国を守るために手を貸さないのが非国民であるかのようで言い草だ! 確かに俺は親父との兼ね合いでこの国の国籍を持っている! だが、この国で育った訳でも、この国に世話になったわけでもねえ! そこまでする義理はねぇ!」
それは海に人生を翻弄された男が、自らに突きつけられた理不尽に対する怒りだった。それは自らを捨てた父親に対する怨嗟の声、そのものだったのだ。







