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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第6話:北の街イベルタルにて(後編) ―ルスト、夜の潜入調査任務―
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高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅥ ―アーヴィンと語らい合う、その2―

 私は彼に問いかけた。しなを作って彼との距離を極力近づけて彼の視界の中で自分がどう映るかを計算しながら見上げるように見つめた。


「お仕事はどのような事を?」

「仕事か? 基本は貿易だが、人を使って馬車を転がしたりいろいろやっている」

「馬車と言うと、もしかして馬喰も?」

「ああ、馬の買い付けや卸売りもやっている。まぁ、昔は海で稼いでいたんだがな」


 彼が自らの一端を思わず漏らした。これは、ここから彼の事情について入り込むきっかけを作れるだろう。


「海で? フェンデリオルは陸の国ですから、海の話って興味がありますわ」

「ほう? あんまり楽しい話じゃねぇぞ? まぁいい聞かせてやる」


 人は誰でも自分の事情について語らせてもらえるとなると気分を良くするものだ。


「正直言っちまうと昔は海賊やってたんだ」

「海賊ですか?」


 予想通りの言葉だったそれ何より海賊という言葉を口にした時に独特の愁いが顔に浮かんだのを見逃さなかった。


「私はどうしても、陸の上の理屈で物を考えてしまうので〝山賊〟や〝盗賊〟みたいな人たちを思い浮かべてしまうのですがそれと似たようなものですか?」


 つまり、物を奪って暮らす連中――そういうニュアンスで私は答えた。彼は少しイラッとした表情を浮かべた。


「やっぱりそういう認識なんだな。こっちの国で来てから海賊っていう身の上は口にした事がねえんだ。白い目で見られるからな」


 実を言うと私は〝盗賊〟と〝海賊〟の根本的な違いを知っている。しかし私がそれを口にしてしまったら彼の中の本音は聞けないだろう。


「申し訳ありません。不見識なもので。その、何が違うのか教えていただけませんか?」


 空になっていた彼のグラスにブランデーを注ぎながら語りかける。偽りのない真剣な表情で彼を見つめたが、苛立ちを隠さぬままに小さくため息をついて答えてくれた。


「そこまで言うなら教えてやるよ。あまり楽しい話じゃねーぞ?」

「いえ、人の身の上話というのは楽しいから聞くのではありません。その人に寄り添いたいから聞かせていただきたいのです」


 私のその言葉に彼の顔がかすかに緩んだ。彼の過去話は意外な側面から始まった。


「そもそも船乗りってのはひどい身分社会なんだよ」

「身分社会? 厳格な階級があるってことですか?」

「ああ、一番偉いのは船主様、その船主に気に入られてる船長が船の中の絶対権力者だ。船長の直接の命令を受ける上級の船乗りがその下にいて、さらにその下に山ほどの下っ端がいる。一番上に行くほど金も食い物もやりたい放題だ。しかし下に行けば行くほど人間扱いされねぇ」

「人間扱いされない――、つまり奴隷と言うことですか?」

「そうなるな。船の上の仕事は危険と隣り合わせだ。少しでも気を抜けば命を落とす。やることは山ほどあって航海の間は寝る暇もねぇ。酒も食料も詰める数は限られてる。当然権力と階級で優劣が決まる。もし万が一、風が止んで船が一歩も動かないなんてことになれば真っ先に見捨てられるのは下っ端連中だ。船の水夫はどこでも使い捨てだったのさ」


 その時の彼の顔は悲しみと怒りを共に宿していた。私が尋ねなくても、酒の酔いの勢いをかって自ら語り出し始めた。


「昔からこういう話がある――


『港町の酒場に行け。船主や船長がただで酒をたらふく飲ませてくれるだろう。前後不覚になるほどに飲んだくれば、気が付いた時には船の上。目的地に着くまで生きては帰れない』


――俺も好きで船乗りになったわけじゃない。12の時にフェンデリオル人の父親に捨てられて母親と泣く泣く母の実家のあるジジスティカンに帰ったんだ。母親が港の役所で用事を済ませてる間にその辺をうろついてたら、麻布の袋を被せられて無理やり拉致られた。逃げ出そうとしたが殴る蹴るは当たり前。泣く泣く水夫になるしかなかった。お袋とはそれっきり会っていない。探したがどこに行ったかも分からない」

「お母様のご実家はどこに?」

「12のガキが行ったこともない母親の故郷なんて知るわけねえだろ?」

「そうですね。申し訳ありません」

「――それからは地獄のような毎日が続いた。朝日が昇ってから夕方日が沈むまで休む暇もなく船の上の仕事だ。船の修繕、ロープワーク、積荷の管理、操船作業、夜になれば夜を徹して交代で見張りだ。寝る時間なんてありゃしねえ。それに知ってるか? 若い船乗りってくじ引きで船長にケツを貸すんだぞ? あんたも夜の女なら、若い頃の俺が何をさせられるか分かるよな?」

「はい、知識としては知っていますが、あまり口にすることはできませんね」


 私の言い方に彼が微かに吹き出していた。


「それでも、目的地まで無事に着けばいい方だ。難波して船が沈むなんてのは最悪として、タチの悪い連中の場合、目的地が近づいて用済みになった水夫は海に突き落として無かったことにするんだ」

「えっ? 雇った船乗りをですか?」

「ああ、目的地に着けば給金を払わないとならないからな。海の上で死んだことにすれば払わずに済むだろう?」

「理屈としてはそうですけど――でもそんなことしてたら水夫の成り手が――あっ!」


 私はそこまで自分でつぶやいてあることに気づいた。


「だから騙して攫うんですね?」

「そういう事だ。一番酷いのは空荷となった帰り道だ。見知らぬ目的地で置き去りにして上級乗組員以上の連中だけで帰るなんてこともある。そのほうが食料も節約できるからな。俺は若い頃はその時の船長に特別可愛がられたからなんとか捨てられずに済んだ。プライドを捨てて媚びへつらい続けたおかげだ。でも何時までも耐えられるもんじゃねえ」


 心の中の重い傷を打ち明けた後で彼はグラスの中のブランデーを一気に煽った。苛立ちそのままにテーブルの上にグラスを置く。

 私がそれに酒を注ぎ出すのを待って彼の言葉はさらに続いた。


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