高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅤ ―アーヴィンと語らい合う、その1―
しずしずと歩みを進めながらアーヴィンに近づく。そして背後から回り込みソファーの傍から声をかける。
「失礼いたします」
私がかけた声に彼は振り返る。その鋭い視線から感じるのは野性的な男の力。純粋な暴力を行使することに慣れている人間だけが発することのできる剣呑な香りだった。
「プリシラと申します。改めてよろしくお願い申し上げます」
努めて柔和ににこやかに語りかける。先ほどのやり取りの好印象もあってか彼は比較的上機嫌で反応してくれた。
「おう」
「お隣、失礼いたします」
そう一言断りながら彼の隣に腰を下ろす。横長のソファーに並びながら彼との対話が始まった。
「すでにお酒をお召になられているようですが、何になさいますか? それともエール酒、もう一杯ご用意いたしますか?」
彼は口元に笑みを浮かべながらこう答えてくる。
「そうだな、お前も一杯付き合え」
そう言いながら空になったタンブラーグラスを掲げた。私は部屋の外で待機している給仕役を呼び寄せてエール酒を2人分お願いする。
実は、部屋のあちこちに覗き窓のようなものがあり、裏通路からラウンジルームの中の様子を伺うことができるのだ。
エール酒が届くまでの間、彼と対話を試みることにした。
「エール酒がお好きなのですか?」
「好きというより気合い付けだな。酒場で何も飲まずに座っているの性に合わねぇ」
「分かりますわ。宴が始まる前とはいえ口寂しいのはつまらないものですものね。まずは度数の低いお酒で喉を潤すのも悪くありませんものね」
私は敢えて上品な物の言い方を強く心がけた。自らに意図して価値のある格上の女と言う印象を意識したのだ。男なら、少しでも格上の〝いい女〟をはべらせることに喜びを感じるはずだからだ。
そしてもう1つ、あえて彼との距離を近づけることにした。最初に腰を下ろした場所からさらに彼の方へとお尻をずらした。
私が自ら寄って来たことで気持ちが高揚したのだろう、その右手を私の肩に掛けようとした。酌婦との酒の席では体を触れることは御法度なのだがこれくらいは許容範囲だ。その彼が言う。
「ああ、仕事をしている最中はさすがにそういう理由には行かねぇが、仕事が終わるとまずは一杯やらないと落ち着かないからな」
「本当にお好きなのですね、お酒が」
「好きというより、そういう暮らしが染み付いてるのさ。なにしろ船の上だと水は飲めねぇ、酒を飲むしかなくなるからな」
「船――ですか?」
「あぁ」
そんな会話をやり取りしているとタンブラーグラスに入ったエール酒が2つ運ばれてきた。それを見て私はあることを思いついた。
「そうだ。ただのエール酒では面白くありませんわ。ちょっと冒険してませんか?」
「なんだ? 何をするんだ?」
「こうするんです」
テーブルの上、席の正面にいくつかの種類のブランデーやウイスキーのボトルが並んでいる。そのうちの1つのウイスキーのボトルを手に取ると小さなショットグラスをテーブルの上のグラスセットの中から見つけてショットグラスに一杯、ウイスキーを注いだ。
そしてそのショットグラスの中のウイスキーをエール酒のタンブラーの中に注いでいく。これを2つ分、さらにマドラーでステアして出来上がりだ。
「カクテルのひとつです。ボイラーメーカーと言ってお酒の度数を上げて楽しむものです」
「ほう? 面白れえ飲み方知ってるじゃねえか」
「ふふ、夜の街の女ですから」
「なるほど専門家ってわけだ」
「ええ」
出来上がったボイラーメーカーカクテルを彼に手渡す。私もそれを手にするが彼がグラスを差し出してくる。私もそれに習った。
「乾杯」
「乾杯」
そしてまずは一口、喉の中で軽く流し込む。
「ほう、飲みっぷり良いじゃねえか」
「ふふ、これでもお酒のお付き合いは自信があるんです」
「だろうな。こんな洒落た飲み方知っているくらいだからな」
そして彼は意外な言葉を口にした。
「見かけから案外若いだろうと思っていたんだが、どうしてなかなか、場数を踏んでいるようだな。高級酌婦と言う肩書きは伊達じゃなさそうだな」
「ええ、百戦錬磨――とだけ申しておきますわ」
「言ったな? そこまで言うなら俺の酒に付き合ってもらうぞ」
「ええ、心ゆくまで」
彼とのやり取りで序盤ではあえて拒否の態度は取らなかった。この手の男は拒否という態度を前にして簡単に火がつくからだ。ましてや相手が女となれば拒否されるということが生理的に受け付けられない。
この男は、おそらく元海賊だ。ましてや顔や体に垣間見える傷の数々。相当な場数を踏んでいるはずなのだ。そのぶん、不満や怒りを感じて大人しくしているはずがない。
私は一歩踏み込んで彼に尋ねた。さぁ、第2ラウンドの始まりだ。







