高級酌婦《ガストアミーノ》ⅩⅣ ―ヘルメスの鍵と4つの宴席について―
私たち5人がそれぞれの席について改めて挨拶を交わし宴席は始まった。
お互いの出会いこそ一触即発になりかけたが、そこは5人とも1つの仕事で大成功を収めている人物たちだ。序盤のうちは大人の振る舞いというやつに徹してくれていた。
問題はこの後、お酒の酔いが巡ってきてからだ。
酒の力が、理性的な振る舞いを引き剥がしてしまうからだ。この店の専属酌婦の彼女たちが困り果てているというのはおそらくその時のことだろう。
序盤のうちは他愛のない会話が続いた。
アルシドとアンジェリカ、
「ほう? 酌婦としての蓄えを投資する事まで考えているのか?」
「ええ、いつまでもできる商売ではないので稼げるうちに稼いで、たくさんそれを増やせたらと思いまして」
「案外考えているのだな」
「ありがとうございます。若い時の美しさはいつまでも続くものではありませんから」
「良い見識だ。〝金には稼ぎどきがある〟金融に関わるものなら誰もが知っていることだ。それと通ずるものがあるな。もし、困り事があるなら相談に乗ってやろう」
「ありがとうございます。その際はぜひ」
「うむ」
意外にも無難に会話のやり取りが続いていた。
次にニルセンにレベッカ、
「まぁ? 山に分け入って狩猟を?」
「ああ、猟銃を担いで山中で獲物を追うんだ。最高に刺激的だぞ」
「上流階級の方がよくおやりになられる鴨射ちとは違うのですか?」
「あれは作られたゲームだ。もてなす側が獲物の育成までしておいて捕れて当然と言う状況下で獲った数を競う。俺がやってるのはそっちじゃない」
「と言うと本当に獲物を追い詰める〝狩り〟ですか?」
「ああ、仕事の上での接待など関係ない。自分1人で山の中に分け入り何日もかけて獲物を追う。しくじる時もあるが、手間と苦労がかかっただけ仕留められた時の快感が凄いぞ。一度覚えたら病みつきだ」
「すごいですわね。私にもできますでしょうか?」
「興味があるなら手解きしてやるぞ。もっと山の中で野宿することになるからそっちが一番大変かもしれんがな」
「生まれが北部の山の中なんです。野山を歩くのはなれてますから」
「それは期待できそうだな。ならばまずは銃の撃ち方からだな」
こちらも意外にも話の上で盛り上がっていた。接待の基本は相手に気持ち良く喋らせることと言うが驚くほどに順調な滑り出しをしていた。こちらも問題なく行けそうだ。
そして、カルロにローザ、
「どうぞ」
「うむ」
カルロが黙したまま淡々と飲み続ける中でその脇に寄り添い静かに微笑んだままローザが酌を続けていた。
口数の少ない客の相手というのは想像以上に精神的に疲れる。ずっと注意をはらい続けなければならないからだ。無理に相手の言葉を引き出そうとせず、沈黙したまま一緒に添い続ける事に徹しなければならない。ローザはそれを忍耐強くこなしていた。
酒の勢いで饒舌になっている他の席と比べるとここだけ異世界になったように恐ろしく静かだった。
さらには、レグノにチコ、
「乾杯」
「乾杯」
「飲みっぷりがいいね。お酒が好きなのかね」
「はい、お酒が好きというよりもお酒を交えて楽しく飲み交わすのが好きなんです」
「私もだ。仕事での飲みになると付き合い酒になって気を使ってしまうが。そういうのを抜きにして楽しめるお酒であるなら、その方が良いに越したことはないからね」
「ええ、おっしゃる通りですわ。さ、どうぞ」
「ああ」
「普段もブランデーを嗜まれるのですか?」
「そうだな、量をたくさん飲むわけではないが、色々な酒を飲み比べるのが好きでね。仕事柄、いろいろな土地に足を踏み入れるからその都度地元の酒を買い求めるんだ」
「色々な土地のお酒をですか?」
「ああ、いわゆるコレクションと言うやつだ。最も最近、家の中にかなり貯まるようになって妻に怒られているけどね」
「悩むところですね。女性って案外、男性の方の趣味や余興というものに理解の無い方が多いですから」
「ああ、まったくだ。一度、勝手に捨てられそうになったことがある。それ以来、妻のご機嫌取りにもせいを出しているがね」
「ふふ、思わぬ出費ですわね」
こちらもスムーズに会話のやり取りが続いている。2人ともお酒好きと言う相通ずるものが見つかったようだ。
そして残るは私とこの人だった。そう、一番の難物中の難物だ。
アーヴィン・ラウド、絵に描いたような荒くれ者――
さてこの男をどうやって料理するか? 思案していた。
しかしながら、迷ってばかりでは先には進まない。今踏み出すだけだ。







