高級酌婦《ガストアミーノ》Ⅸ ―戦いの作法、夜の女の果し合いの流儀について―
「思い出すねぇ、昔のあんたが初めて客と白黒つけると啖呵を切った時の事をね」
「ええ、高い酒を瓶で出させておいて支払いを踏み倒そうとした。そのことを指摘したら私をガキだと馬鹿にして鼻で笑っていた。だから果たし合いで真っ向から潰しました」
「ああそうだ。あんたは正面から戦ってしっかりと勝ったんだ。あの時のことはうちの店じゃ今だに語り草だからね」
専属酌婦の1人、4人の中の一番格上らしい1人が声を漏らす。
「そういえばありましたね〝果たし合いの作法〟が」
「あら? ご存知ですか?」
「はい、以前先輩の酌婦の方が客が貯めたツケを巡って勝負を挑んだ席に居合わせた事があります。かなりの酒豪の方を相手に激戦でした」
知っているということはその大変さもわかるということだ。
「本当に大丈夫なんですか? 勝つ負ける以前の問題で内蔵を壊す人だっているんですよ?」
皆の不安げな視線が集まる。だが私は言った。
「その戦場に臨んで勝たなければ先がないのであれば、その戦場に立つのが勝利のための最低限の条件です。勝つか負けるかはその後考えれば良いことです」
その言葉は明らかに酌婦としてではなく職業傭兵としての言葉だったに違いない。しかし、この難局を切り抜けるためには彼女たち酌婦の物の考えでは切り抜けることは不可能だろう。
難しい局面を乗り越えるためには、時には全く異なるものの見方をぶつけるしかないのだ。
私は専属酌婦の彼女たちに言った。
「これは宴席ではありません。これは戦いです」
私のその一言がそれまでうろたえるだけだった彼女達の表情を一変させた。
「戦い――」
「ええ、自分が己自身として胸を張って輝ける世界を守るための戦い。そして酌婦と言う〝もてなしの技〟に生きる私たちの矜持を守るための戦いです」
4人の中で一番小さな体の彼女がつぶやく。
「そんな考え方、思ってもみなかった」
一番年上の彼女が言った。
「でも、プリシラ様の言うとおりだわ。客の要求に狼狽えて途方にくれるだけでは今までもこれからも何も変わらないわ」
「やりましょう! たとえ今の仕事から追われることになったとしても、自分の信じるもののために戦ったならば、うつむいて生きる必要はなくなるわ」
4人の専属酌婦の彼女たちはお互いにうなづきあった。迷いしかなかったこれまでの日々とは違い、進むべき道ははっきりと見えたのだ。進むべき道の指針が決まれば、迷いは晴れるのだ。そんな彼女たちにシュウ女史が声をかける。
「腹をくくったね。それでこそイベルタルの夜の女だ」
彼女の力強い声が響く。
「やれるだけやってみな。何があっても私がケツ持ちする」
「はい、必ずご期待に応えてみせます」
「ああ、期待しているよ」
こうして私たちの覚悟は決まった。あとはこちらが手の内を組み立てるのに必要な〝情報〟を手に入れるのみだ。
私たちがそんな会話を続けている間に、アシュレイさんが足早に戻ってきた。持参しておいた念話装置で様々な場所に情報集めたのだという。
時計を見れば半刻(注:約30分)を過ぎた程度だった。その情報収集の速度、恐るべしというところだ。
「プリシラ様、走り書きで申し訳ないのですが、こちらにまとめておきました」
そう告げながら手紙の便箋用紙にびっしりと書き込まれた報告書を渡してくれた。そこには今宵の宴席で相まみえる5人についての素性や事情が書き連ねてあった。それを読みながら私はアシュレイさんの説明を耳にした。
「口頭でご説明しますのでそちらを読みながらお聞きください」
「ええ、よろしくお願いします」
早速にアシュレイさんの説明が始まった。
「まず今回、宴席を設けられるのは〝ヘルメスの鍵〟と称する私設商業団体です。
そもそも在外商人と言う勢力は活動の基本拠点をフェンデリオルの国外においているためフェンデリオルの既存の商業団体や支援組織を活用することが困難です。これを補うために在外商人同士でつながりを持ち、お互いを助け合う起点となる存在がこの〝私設商業団体〟となります。
現在のところ、私設商業団体には法的な基準がなく、あくまでも商人個人による私的な集団に過ぎません。ですが様々な勢力が存在し、在外商人同士で競い合っている状態です」
「つまり、現時点では在外商人全体で連携しあう組織が存在しないというわけですね?」
「そういう事になります。在外商人による私設商業団体の中でも少数精鋭ながら急速に力をつけているのが、今回皆様方が接待することになる〝ヘルメスの鍵〟と言う集団になります」
「なるほど。あくまでも多数存在する在外商人集団のひとつにすぎないというわけですね」
「その通りです」
そしてその時、アシュレイさんが渡してくれた手書きの文章の中に、
――ケンツ・ジムワースの支援者は『ヘルメスの鍵』――
――との記述があった。まずは予想が1つ確定したことになる。これを声にして話さなかったのは私の本来の目的をこの場の人々に知られないようにするための配慮だろう。
まずは取っ掛かりとして、今夜、相対する在外商人の一派が、私が狙っていた人々である事は確定手で来たことになる。次はそれぞれの在外商人についてだ。







