高級酌婦《ガストアミーノ》Ⅷ ―ルスト、すなわちプリシラ、その気概と心意気―
鋭い声で非難されてアルメオ支配人はぐうの音も出なかった。俯いたまま黙している。その態度がさらに怒りに火を注いだ。
「まったく! それでも男かい!? 落ちぶれたもんだねあんたも。もっと若い頃は野心的に商売に明け暮れたもんだったが、細君に浮気されて捨てられてすっかり腑抜けになっちまったのかい。あんたと私のよしみだ。店の権利は私が買ってやる。その後の人生は成り立つようにしてやるからおとなしく引退しちまいな。その方がこの店の女たちのためってもんさ」
私はシュウ女史に問いかける。
「もしかしてアルメオ氏は離婚してらっしゃるのですか?」
「ああ、女房を若い〝つばめ〟に取られただけじゃなく、娘も女房と一緒に出てっちまった。それ以来、牙が抜けたようにすっかり大人しくなっちまってね。いつか昔の気迫を取り戻すだろうと思っていたが、これじゃ到底無理だね」
「はい。私もそう思います」
「よし決まった。アルメオには夜の商売から退いてもらうよ。いいね?」
低音でドスの効いた声が響く。夜の女帝の貫禄、ここに極まれりというところだろうか。
「は、はい。承知いたしました」
「よし、最後の情けだ。今日の宴席は最後まで勤め上げな。あんたに最後のプライドが残っているのならね」
「はい」
アルメオ氏は最後の言葉だけは力強く答えていた。私はそれ以上掘り下げなかったが、引退を突きつけられて、彼の中にある迷いが吹っ切れたのだろう。責任を取る覚悟を決めたらしい。
「正直、気持ちが続きませんでした。加えて、今回の度重なるトラブルで心が完全に折れていました。ですが辞めるための踏ん切りがつかなかった。シュウ様がお引き受けくださるのであればそれに従おうと思います」
その言葉にシュウ女史もはっきりと頷いていた。
これについては彼らに任せておけば問題ないだろう。
さて問題は、今宵の宴席だ。この店の専属酌婦の1人で赤い瞳の彼女が私に訪ねてきた。
「プリシラ様、ちなみに今宵はどのようになさるおつもりですか?」
当然の問いかけだった。すでに宴席は決まっている。延期も取り消しも効かない。ならばどうやって乗り越えるかを考えねばならない。だが、そこは抜かりはなかった。
「ご心配なく、すでに腹案はあります」
「それはどのような?」
その問いかけに私は皆を見回しながら答える。
「私が全面に出ます。私が主となってお客人の方々のお相手を致します。皆様は私の補助に徹してください。もし何かあれば私が仲裁に入ります」
傍らからシュウ女史が不安げに問いかけてくる。
「大丈夫かい? 話によると相当な荒くれ者みたいだけど?」
「えぇ、荒くれ者なのは間違いないでしょう。ですが――」
私は来客名簿を眺めながら言う。
「とくに問題になりそうなのはこのマーヴィンという船主だと思います。職業として貨物馬車斡旋や馬喰を営んでいることから、もともと無頼漢上がりなのは間違い有りません。ですが、そう言う手合はなおさら好都合です」
私は意味ありげに微笑んだ。シュウ女氏なおも問いかけてくる。これは説明が必要だろう。
「どう言うことだい?」
「私これでも、職業傭兵です。荒くれ者や無頼漢の相手は当たり前、男社会の中にあって、小柄な女の独り身でやりあっていかなければなりません。あらゆる意味において舐められたら終わりなんです」
私は自らの過去を解き明かすように語り続ける。
「例えば、傭兵仲間から酒に誘われたとします。これを飲めないからと断れば、次はあらゆる場において誘われることはなくなります。つまり、繋がりを無くすんです。戦場においても同じ、女である事を言い訳にしたら、対等な付き合いは望めなくなります。どんな事でも自ら立ち向かう気概を持たねばなりません。
ひとつの〝不義理〟は思わぬところで問題となって自分自身に跳ね返ってきます。だから『できない』と言う言葉はよほどのことがない限り口が裂けても出せません。
逆に、腕っぷしが物を言う業界の輩ですから、たとえ女の身でも喧嘩をふっかけられたら買うのが流儀、たとえ傷だらけになろうが相手から一本取るのが筋です。たとえ負けたとしても全力で立ち向かったのなば誰かが手を差し伸べてくれます。私はそう言う世界に生きてきました。これから立ち向かう連中も、私にとっては今までと何らな変わりはありません」
そして一呼吸おいて自信を持ってこう答えたのだ。
「武器を交えた果し合いで刀剣術の達人を打ち負かした時と同じ――、つまりは、その荒くれ者に勝てばいいだけの話なんです」
専属酌婦のもうひとりが驚いたようにつぶやく。
「勝つ? あの男に?」
「えぇ、酌婦には酌婦の果し合いの作法と言うのがありますから」
シュウ女氏が口元に笑みを浮かべてつぶやいた。
「あぁ〝アレ〟だね?」
「はい、久しぶりにやろうと思います。〝夜の街の女の果し合いの作法〟を」
私の自信ありげな声にシュウ女史は昔を思い出して笑みを浮かべていた。







