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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第1話:特別幕:軍外郭特殊部隊イリーザ、強制制圧作戦
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指導教官ドルス、判断を下す

 軍事演習場敷地に隣接するように医務部の建物は建っていた。

 木造建築の2階建物だ。

 馬車が駆けつくなり、中から出てきた医師たちが速やかに救急処置を始める。


 衣類を脱がせて体を乾かし、様々な方法で体を温める。慌ただしく体温維持のための処置が続いた。それから、病室に移されて、暖かい部屋と寝具で体温を維持しながら経過観察となる。


 医務部に来たのは夕暮れの4時過ぎだったが外はすっかり夜になっていた。それでもまだ彼女の意識は戻っていなかった。

 やがて担当医がやってきた。

 眠り続ける彼女を一通り診察すると、確信を得たかのように頷いた。

 

「あの、彼女は?」

「ご安心ください。中程度の低体温症ですが最悪の状況は脱したと言っていいでしょう。深部体温も回復し始めてます。あとは意識の回復を待つだけです」


 彼の話では明日の朝には復帰できるだろうという。

 担当医が去ってからすぐにドルスと大佐もやってきた。


「どうだ様子は?」

「ドルス? 担当医の話だと最悪の状況は回避したそうよ。後は意識が回復するだけだって」

「そうか」


 彼に付き添っていたゼイバッハ大佐が、なおも眠っているクレスコを眺めながら言う。


「目的を達成するための執念と覚悟、男でもあそこまでできるものはそうはおるまい。実に見事だ」


 彼がそういうのと同時にドルスは一枚の紙を私へと差し出してきた。真剣な表情に、彼が彼女に対して抱く思いが現れている。それはまるで教師が生徒に、そして、兄が妹に、向ける視線にも似ていた。

 

「彼女の意識が回復したらこれを渡してやってくれ」

「これは?」

「最終訓練の合格証だ。これの授与をもって2週間の訓練課程が終わったとみなす」

「それじゃ彼女は?」


 その問いに、大佐とドルスは苦笑しながら答えてくれた。


「合格したと判断するしかあるまい」

「なにしろ、あれほどまでに見事な射撃だからな」


 私は彼らから合格証を受け取ると二人に感謝の言葉を口にした。


「ありがとう。彼女にも伝えておくわ」

「ああ、頼むぜ。ちなみに明日は10時から研修の修了式だから遅れないようにな」

「ええ、必ず」


 そして二人はそれぞれの持ち場へと帰っていく。あとには病室の中に私と彼女が残された。

 医療用のガウンに包まれてベッドに横たわる彼女を眺めて時間は過ぎていく。

 彼女が魅せたあの〝執念〟、死に物狂いと言う言葉そのもののような心持ちが、彼女にあれだけの成果をもたらしたのだ。

 横たわる彼女に変化が現れる。まぶたがかすかに動き、やがてその目がゆっくりと開かれる。

 私はその瞳を覗き込みながら彼女へと問いかけた。


「大丈夫? 気がついた?」


 彼女は私の声にすぐに気が付いてくれた。もちろん驚きをともなって。


「えっ? ルスト――さん?」


 私が目の前にいる。その事実に呆然となっている彼女に私は話しかけた。


「気分はどう? 吐き気とか頭痛とかは無い?」

「いえ、大丈夫です。まだかなり体が寒いですけど」

「それは仕方がないわ。低体温症だって軍医が言ってたわ。でも重症じゃないから明日の朝には復帰できるって」


 そして私は彼女の右手を握りしめながらこう語りかけた。


「よく頑張ったわね」

「あの、ご覧になられていたんですか?」

「ええ、集められた志願者の中に女性が一人だけいるって聞いてね、興味が湧いて最終訓練を閲覧させてもらってたの」

「いつからですか?」

「あなたが射撃を始めてから」


 言葉のやり取りをしながら彼女の表情を伺っていたが、その中に戸惑いが垣間見える。

 私は彼女の右手をしっかりと握りしめた。私の体温が彼女へと伝わるように。

 その温もりにほだされたかのように、彼女の口から弱音と不安が漏れた。


「あの、私失格ですよね」


 最後の最後で意識を手放してしまった彼女は、その後の状況を全く知らない。


「最後まで撃ち終えたけど、体力切れで完了報告まで行きませんでした。上官に結果報告をしてそれで初めて成功ですから」


 彼女の口からとめどなく弱音が漏れる。その彼女の弱音を私は打ち消した。


「諦めるにはまだ早いわ」

「はい?」

「あなたに最終訓練の結果を伝えるわね」


 思わず息を呑む彼女に、つとめて優しい声でゆっくりと語りかける。


「クレスコ・グランディーネ伍長、最終訓練結果を成功と認める。指導教官ルドルス・ノートン」 


 その言葉と同時にドルスが渡してきた合格証を彼女に見せた。恐る恐る、彼女はそれを受け取った。そこにはこう記されている。


――全ての訓練課程を修了したことをここに認める――


 その文字に彼女は少なからず驚いてるのが伝わってる。


「最終訓練、直前まではあなたは上から8番目だったけど、最終訓練で全弾命中させたのはあなた一人。しかも途中から風の強い雨天になった事で難易度は格段に上がった。成績順位は主席よ」

「あれは辛かったですけど、かえって幸運でした」

「そう?」

「はい。途中で尿意を催したので。全身ずぶ濡れになったんでそのまま」


 意外なことを口にする彼女の彼は恥ずかしさから頬を赤らめている。でも私はそれを笑わなかった。


「そんなの前線ではよくある話よ」

「そうなんですか?」

「ええ、敵国の前線部隊とにらみ合いになると、そのまま1ヶ月も2ヶ月も膠着状態なんてよくある話。ましてや敵軍と戦場で混戦状態になったら、のんびり休息なんてできない。私も今までで3回くらい着たままでやってるわ」


 あっさりと言い切る私の言葉に彼女は驚いているのが分かる。それと同時に彼女の経験不足も伝わってくる。実戦の場で自らを試したことがないから、余計に自分自身の力量が分かっていないのだ。

 ならば教えてあげよう。私たちが彼女に見ているその評価を。


「ドルスが言ってたわ、物凄い肝の座った女性兵士が入ってきたって。あいつなら最後まで乗り越えるだろうって」

「教官が?」

「ええ、ズボラそうに見えるけどあいつあれでなかなか面倒見いいのよ。特に女の人にはね」


 その言葉に彼女が頷いているのが分かる。ドルスを教官としてどれだけ慕っているかが分かろうというものだ。 


「あなたの最終成績だけど、全弾命中させたことで大きく加点されたわ。最終評価は最高点。あなたには明日の修了式で訓練合格者の代表を務めてもらうわよ」


 この2週間、無我夢中だったのだろう。私の話にも狐につままれたかのようだ。


「私がですか?」

「自信を持って! あなたの努力の結果よ」


 精一杯の事実を持って彼女を励ます。だが帰ってきた言葉は弱音そのものだった。


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