高級酌婦《ガストアミーノ》Ⅴ ―高級酒房・銀虹亭とその支配人―
私たちは語り合いながら3階へとたどり着いた。そこはちょうど店の裏側となる場所であり飾り気のない簡素の扉が3つほど並んでいた。
そのうちの1つにはフェンデリオル人の若い男がルタンゴトコート姿で用心棒として控えている。私たち3人の姿にすぐに気づいて向こうから声をかけてくる。
「シュウ・ヴェリタス様でいらっしゃいますか?」
「いかにも」
「高級酒房・銀虹亭の者です。お待ちしておりました」
私たちに声をかけてきた彼は挨拶もそこそこに私たちを案内してくれた。
3つある裏口扉の1つ、酌婦の控え室につながる扉が開けられてその中へと入っていく。こういう時はシュウさんが前を歩き私が後をついていくことになる。
私たちは酌婦向けの控え室へ案内された。今回のように外部から高級酌婦を招き入れるために用意される予備の控え室だ。
大きなテーブルとソファーセットがあり、化粧台と姿見の鏡、簡易ベッドにもなるロングソファーもある。脱いだコートやショールを羽織る衣装掛けもあった。
壁には少し小さめの振り子時計がかかっている。時刻を見れば夕方5時半という所だ。宴席が始まる前の準備を考えれば上々というところだろう。
ソファーセットのひとつにシュウさんとともに腰をかける。するとしばらくして控え室の入り口の扉がノックされた。
「失礼いたします」
壁越しの声の主は先程の用心棒の彼とは違う声だ。おそらくはこの店の店主の側近の人のものだろう。
「どうぞ」
アシュレイさんが返答するとドアが開き、若い従僕を傍らに年の頃40過ぎくらいの頭に白髪の混じった長身の男性が姿を現した。肌は白、瞳は茶色、髪の毛は少し赤みがかっている。
ソファーセット近くに立つと私へと声をかけてくる。まずはお互いの挨拶からだ。
「ご足労いただき誠にありがとうございます。当店支配人を努めております〝アルメオ・イクストル〟と申します。以後お見知りおきを」
挨拶をされたのならばこちらからも返礼だ。私たちの側に立っているアシュレイさんが声を発した。
「ご丁寧にありがとうございます。こちらは右側からシュウ・ヴェリタス様、ガストアミーノのプリシラ嬢となっております」
そこで初めて私とシュウさんは立ち上がり挨拶を口にした。
「ご無沙汰しております。シュウ・ヴェリタスです。今宵は横車を通すようなお願いしてしまい大変申し訳ございません」
「いえいえ、当店としましても今回のお申し出は渡りに船でした」
「えっ?」
ご店主の意外な言葉にさすがのシュウさんも驚いている。だがそれについて深掘りするのは後にしよう。シュウさんは自己紹介をそのまま続けた。
「では先に彼女の紹介をさせていただきます。こちらに控えしは私の秘蔵っ子。私の直営店である高級娼館・青薔薇亭にて待合酌婦を長期にわたり勤めておりました源氏名プリシラと申します。今宵が高級酌婦としては初めての宴席となります。さ、プリシラ」
「はい、シュウ様」
シュウさんの説明に嘘はない。酌婦の経歴としては極めて妥当なものだ。ちなみに待合酌婦とは、高級娼館の待合エントラス室で、娼婦との約束の時間の待ち合いをしている人物をもてなして退屈させないようにする役目のものだ。高級酌婦を志す女性が、そのキャリアの出発点としている事が多い仕事だ。
ましてや、シュウ女史の手掛けた直営店の待合酌婦だ。その格の高さは言わずとしれたものがある。
私はふかぶかと上体を下げて挨拶をする。
「ただいまご紹介にあずかりました高級酌婦のプリシラと申します。以後お見知りおきを」
挨拶を終えて上体を起こせばご店主が右手を差し出してきていた。私もその手を握り返し握手を交わした。
ご店主のアルメオさんは私たちに着座を促した。
「立ち話も失礼です。さ、お座りになってください」
私たちは着座するとアルメオさんに問いかけた。
「早速ですが、なぜ私たちの宴席出演が渡りに船なのですか?」
「はい実は――、」
アルメオさんは途方に暮れた表情で理由を述べ始めた。
「実は、今宵の宴席にお出でになられますお客様は〝在外商人〟と申しまして今現在商業界において最も勢いのある方たちだとお聞きしております。財力があり支払いも滞りなく行われています。今現在の情勢の中で店を続けていくうえで最も安定した〝太い客〟です。今夜お招きしているお客様方に限らず、様々な〝在外商人〟の方々が当店をお気に入りくださり頻繁にご利用頂いております。
ですが、何と言うか――、人柄や人格に非常に癖のあるお方が散見されまして、特に当店所属の酌婦たちから在外商人のお客様は相手をしたくないと要望が出されている状態でして」
身につけている燕尾服の胸ポケットからハンカチを取り出す。額の汗は彼の心痛の度合いを如実に表していた。
「ですが、すでにご予約を頂いております宴席を、ただ投げ出すわけにも参りません。渋る彼女たちをなんとかなだめすかしながら、宴席に出演させてまいりましたが、今宵のお客様の在外商人の中には特に評判の悪いお方が参られておりまして、その――」
そこで私はこの店の事情を察した。
「そして、とうとう酌婦の彼女たちがどうしても嫌だと職場放棄になってしまったのですね?」
「はい」
か細く消えそうな声に彼の困惑の度合いが分かろうというものだ。
「このままでは酌婦が仕事を投げ出したと噂が立ってしまい店が成り立ちません。しかし、嫌がる彼女たちを無理矢理に店に出すわけにも参りません。そんな折に、あのシュウ様から在外商人の宴席に高級酌婦を1名出演させたいとのお申し出をいただきました。そこで一も二もなくおすがりさせていただいた次第です」
そこまで口にしたところでアルメオさんは深々と頭を下げた。謝罪の意思だ。
「騙したような形になってしまい、本当に申し訳ございません!」







