11月の冷たい雨 ―選抜志願者、クレスコの200発の弾丸―
前半は順調だった。99発まで途切れなくリズミカルに発射の音が響いている。
このまま行くかと思われたその時だ。
「止まった?」
「うむ、そのようだな」
彼女の引き金を引く音が止まった。
「やはりスタミナ切れか。女性の身の上では無理だったのか?」
大佐がそうつぶやくのを受けて私は答えた。
「いえ違うと思います」
私は彼の女に向けて指をさす。
「ご覧ください。彼女はまだ諦めていません」
よく見ると右手を開いたり閉じたりして屈伸させている。
「集中が切れたんで精神集中のやり直しをしているのだと思います」
私がそう告げるのと同時に彼女の射撃は再開された。
彼女の射撃姿勢は伏せた状態での伏射。長時間の射撃ではこの姿勢が最も負担が少ない。
それからさらに射撃は続き、130発を超える。
その時だ。
「あっ?!」
「やべえな。降ってきやがった」
「雨か。11月の雨は体を冷やす」
突然の降雨、どうするか判断に迷うところだろう。状況の変化に彼女の射撃が再び止まった。
大佐が責任者であるドルスに判断を仰いでいる。
「どうするかね? 一時中断するか?」
「いえ、これで終了とした方が良いでしょう。この状況では体への負担が大きすぎる。何より彼女だけこの状況はフェアではない」
二人の男が会話しているその隣で私は決断する。
「続行します」
「なに?」
「馬鹿な、低体温症で下手すれば命に関わるぞ!」
ドルスの言うことはわかる。だが、それでは通らない筋がある。
私は叫んだ。
「では手ぬるいことをして彼女自身が納得すると思うのですか? 厳しい訓練に必死について来た、ここまでの彼女の努力は甘い判断をすれば報われるというのですか!」
「しかし――」
食い下がるドルスに私はさらに叫んだ。
「これで命を落としたなら! 本望だと彼女は思っているはずです!」
彼女だって立派な軍人なのだ。武器を構えること、戦場へ望むこと、自分の実力を示すこと。そのことの重要性はいやというほどわかっているはずなのだから。
「聞けば彼女は精術武具への適性がない〝適性欠損〟だといいます。彼女は自分に何ができるのかを見極めるためにここに来ているんです! 彼女自身の未来のために!」
私の叫びに大佐が尋ねてくる。
ここまで私情をむき出しにすれば、問われて当然だろう。
「なぜそこまで思い入れるのかね?」
「それは――」
私は彼女に視線を向けつつ、自分の過去を重ねながらその理由を口にした。
皆の視線が一手に集まる。
「私はかつて軍学校に在籍していました。恥ずかしながら実家では親と折り合いが悪く家の中に居場所がありませんでした。自分の居場所として軍学校に逃げ込みました。そして訓練と学問に打ち込んだ」
「軍学校にいたのかね?」
「はい。ですが、低い身長と華奢な体、身体能力では他の人たちに追いすがるのが精一杯。それを挽回するために学問で勝負しました。そして体力のハンデを乗り越えるために身に着けたのが〝精術〟でした」
事実私は背が低い。18になっても大人として見劣りするときがある。意外に思われるかもしれないが、腕力という意味では周囲の人間に誰にも敵わないのだ。
私の言葉を誰もがじっと聞いている。
「ですが、そこでも自分の体の不利が私を襲いました。精術は術者の体力や生命力を糧として発動します。ですが華奢な体の私ではその容量が小さい。大きい術を行使するとスタミナ切れで気を失うことがしばしばでした。
これではどうにもならない、そう思った私は死ぬような思いで努力を重ねたんです。少ない生命力消耗で術を発動させる〝精度〟を極めるために!」
そこに、なにか気づいたドルスがつぶやく。
「それが、フェンデリオル軍学校始まって以来の〝精術の天才〟と言われたお前の真実か?」
「はい。努力なくして今の私はありません」
私はきっぱりと言ってクレスコをそっと指差す。心からの思いを込めながら語る。
「あそこに〝私〟が居ます!」
精術の適正の欠損、今のフェンデリオルの軍事制度の中では致命的な弱点を抱えている彼女。その彼女が自らの弱点を乗り越えようと必死になっているのだ。これを遮る理由が果たしてあるだろうか?
「お願いです! 続行させてあげてください!」
誰もが沈黙する中で、山上のクレスコを見つめながら大佐は決断した。
「最終訓練続行!」
「了解!」
ドルスが叫んだ。
「訓練続行!」
その声はひときわ高く響いた。私も思わず叫んでいた。
「頑張って! あなたの〝壁〟を超えるのよ!」
その声は彼女に届かないだろう。それでも私は、冷たい雨の中で引き金を引き続ける彼女を励まさずにはいられなかったのだ。
† † †
それから天候は悪化の一途をたどった。
雨だけではなく風も吹いてきた。体感温度は下がる一方だった。
正規軍の兵卒の人たちが天幕を張り、雨風を避ける場所を作ってくれる。
その下に身を寄せたが、私の傍らではドルスが指示を出していた。
「正規軍の医務部に連絡を取れ、救急搬送する必要が出るかもしれん」
彼は万が一の事態を考えて対策を講じていた。
その間も弾丸は一発一発確実に撃ち込まれている。
150、160、170、180――
そのまま順調に続かと思われたのだが、
「まずいな」
ドルスのつぶやきの意味は私にも理解できた。
「連射する間隔が遅くなってるわ」
「ああ、肉体的にも限界に来ているはずだ」
「だめよ! 止めては!」
「そうはいかねえ! あれでも俺の大切な生徒だ」
そう言いながら振り向くドルスは真剣だった。彼にも譲れない一線があるのだ。
「連続射撃は回転弾倉の装弾数の兼ね合いから7発セットで行われる。7発区切りで弾の装填が行われるから、それが失敗したらそこで打ち切るぞ」
「わかったわ」
彼が下した終了の判断基準、さすがにこれを無視するわけにはいかないだろう。
182、189――、
弾の再装填のタイミングで長い時間が訪れる。再開されるたびに私は胸をなでおろした。
そして196発目、最後の装填タイミングだ。
「200発まで残り4発」
私がつぶやくのと同時に、教官であるドルスは何も言わずに雨の中を毛布を抱えて天幕から飛び出していった。
最後の装填が終わり再び引き金が引かれる。
「197」
誰もが沈黙で見守っている。
「198」
52人の他の志願者の誰もが成し得なかった全弾命中、
「199」
そしていよいよ最後の弾丸だ。
――ザァアアア――
沈黙の中、天幕を雨が叩く音が響く。
同期の志願者たちも、教導育成の局員たちも、
大佐も、無論私も、
皆沈黙していた。
長い時間が過ぎる。最後の一発を誰もが諦めかけたその時だった。
――ダァアアアンッ!――
鉛弾は発射され、空を斬り、目標である大岩へとぶち当たる。
ふもとの仮設本部で射撃結果を双眼鏡で視認している計測員が結果を報告した。
「全弾命中!」
無言の野外演習場に最終結果がこだました。
だが、誰も歓喜の声を上げない。喜ぶよりも彼女の安否の方が、何よりも心配だったから。
「む?」
大佐が岩山から降りてくるドルスを見つけた。その胸には毛布に包まれた女性を抱えていた。最終訓練を受けていたクレスコだ。
私はとっさに周囲を確認すると、そばにいた係員に声をかけた。
「救急搬送用の馬車の手配は?」
「すでに用意済んでます」
「タンカもお願い。馬車の中で濡れた服を脱がせるから、予備の毛布とハサミの用意も」
「了解。すぐに準備します」
こういう状況だと悠長に脱がしている暇はない。ハサミで切り裂いてしまうほうが早い。
その間にもドルスは彼女を天幕へと運んでくる。微動だにしないところを見ると症状は深刻なようだ。
彼の胸に抱かれているその女性の容態を調べれば、てっぺんからつま先までずぶ濡れになってすっかり冷え切っていた。
目は虚ろで、唇は紫色だった。明らかに低体温症を引き起こしている。
「大丈夫? しっかり!」
私は大声で呼びかける。彼女の意識を〝生〟の世界に引き戻すように。
その大きな声に彼女の顔が微かに動いた。
私と彼女、視線が合う。その瞳の光は今なお消えてはいない。その時彼女が持つ生きることへのしぶとさのようなものが伝わってくる。彼女の安否を心配するようにドルスが私に叫んだ。
「ルスト! 頼む! 付き添って行ってやってくれ」
「わかったわ! あなたはこちらをお願い!」
「頼んだぞ!」
その間にも何人もの人々が担架で彼女を馬車へと運んでいく。その後を追って私も馬車へと乗り込んだ。
「搬送準備! 医務部へ急いで!」
降りしきる冷たい雨の中、私と彼女を載せて、即座に馬車は走り出した。
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