カーク出立 ―亡き親友の妻子に見送られて―
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■読者様キャラ化企画、参加キャラ■
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でんでん太鼓持ち様【サウド・ファウナー】
そこは山岳地帯の村々の入口となる中規模都市だ。
北部中堅都市ライロデール、周辺の様々な集落と他の大きな都市をつなぐ中継地点として古くから栄えた街である。
その街の住宅地の片隅に一軒の家があった。夫婦と子供1人くらいなら無理なく暮らせる規模の小さな家だった。
郊外近くに建っていることもあり、広い庭がありそこを畑にして菜園が作られている。家の主の丁寧な手仕事だった。
ある日の朝、日が昇ってすぐに、2人の男女と1人の女の子が家の中から出てきた。
女性は小柄で比較的がっちりとした体格で農村での野良仕事に慣れながら育ってきていたように見える。農村の女性としては定番の木綿地のエプロンドレスに頭にはスカーフをかぶせている。化粧気は少ないが、整った顔立ちでどことなく愛嬌がある。
エプロンドレスが野良仕事で汚れたりほつれていたりしていないのは、彼女が農作業を主な仕事にしていないと言うことの現れだろう。
その傍らにて、ニコニコしながらうろちょろと歩き回って落ち着きのなさそうな女の子もいる。おそらくは女性の娘で、母親と同じ、おそらくは母親の手製の木綿地のエプロンドレスを身にまとっている。
その2人に送られるように家の中から出てきたのは、大きなガタイの筋肉質の体の屈強な男だった。日に焼けた体の上に襟なしのシャツを着て、さらにその上に分厚い毛皮のジャケットを羽織るのが彼の定番のスタイルだった。頭にはキツネ革の毛皮のツバなし帽子を被り、足にはごついブーツを履いている。手荷物を入れた軍用背嚢を左肩にひっかけるようにして片手で背負っている。
家から出て少し歩いたところで、背後を振り向くとその女性と女の子に対して声をかけた。
「すまんな、もっと一緒にいてやれるはずだったんだが」
それは明らかに予定が狂ったということを意味していた。だがそのことをなじるような素振りは女性にはなかった。
「いいえ、仕方ありませんわ。あなたのお仕事がそういうものだというのは承知しておりますので」
「ネルロ、そう言ってもらえると俺も気持ちが楽になる」
「ふふ、私もかつては軍人の妻をしていたのであなた様のご事情はよく承知しております。またこちらで来ていただけると、信じておりますので」
「ああ、次の仕事がひと山越えたら、またここに寄らせてもらう」
「はい、くれぐれも気をつけて」
「ああ」
そんな風に言葉を交し合うと男はその女性を優しく抱きしめた。まるで夫婦であるかのように。
男が女性から体を離すと、それを傍らで見守っていた女の子に声をかけた。
「マシェリ」
「はい!」
その女の子の返事はとても元気なものだった。
「お母さんの言うこと聞いて、学校の勉強や家のお手伝い、しっかりやるんだぞ」
「わかった。ちゃんとやるから、カークのおじちゃんもまた来てね!」
「ああ、必ず来る。次もお土産を持ってきてやるからな」
「うん! 楽しみで待ってるね」
そんな言葉をやりとりしながら、その男は女の子の頭を優しく撫でてやった。そして男は2人に告げた。
「では行ってくる」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい」
男は二人に見送られてその家を後にした。
まるで軍人か傭兵の出征を見送るかのようだ。
男が背後を時々振り返りながらしっかりと歩いて行く。
そしてその道の向こうに、別な男が彼を待っていた。
作業着のようなジーンズ地のジャケットにニッカポッカズボン姿の労働者風の男、それも土木関係に強そうな雰囲気の男だ。
農村や土木作業現場で使われているような、荷台付の馬車をひいている。その座席に腰をかけながら男が来るのを待っている。
屈強の筋肉質の体の男――〝カーク〟は、荷物馬車の男に声をかけた。
「待たせたな。サウド、今日はよろしく頼むぞ」
「ああ、任せておけ」
カークとサウド、友人か知人のような気軽さで言葉を交わすと馬車に乗り込んでいく。そして腰を落ち着けると、なおも家の前で手を振っているあの2人にカークも手を振り返していた。
「それじゃあ行こうか」
「ああ」
その言葉を合図としてサウドは馬に鞭を入れた。馬が軽くいななき歩き始める。馬車は二人を乗せて走り出す。そして一路、大きな街道を東へと向かう。目的地は〝イベルタル〟である。
馬車の上で二人の男は会話を始めた。
「なぁ、カーク。随分急な呼び出しだったな」
「ああ、俺の所属している部隊の隊長が、何やら隊員の俺たちの知らないところで面倒ごとに巻き込まれているらしい」
「隊長だけがか?」
「ああ、傭兵の特殊部隊と言っても、正規軍の上層部と繋がった極めて特別な立ち位置だからな。当然ながら政治的な特別な柵も多い。それをなんとかこなそうと頑張っているのはいいが――」
「隊長さんだけが、激務に振り回されてるってわけか」
「ああ、俺が言うのもなんだが、俺が軍を辞めた時の難しい事情もすぐに理解を示してくれて、心の傷を癒してくれた立派な人だ。その人が大変な思いをしているというのなら、助けるのは今度は俺の番だ」
「そういう事か。それなら思いっきり義理を通してこい」
「ああ、もちろんだ!」
「お前が留守の間、〝奥さん〟と娘さんのことは何かあったら面倒見とく」
だが、カークはそこで親友のサウドの言葉に慌てた素振りを見せた。
「おい、まだ入籍したわけじゃ……」
「でもそのつもりなんだろう? そのためのプロポーズのために来てたんじゃないのか?」
親友の問いかけにカークは頭を掻いていた。否定はしないということは、カークの申し出は受け入れてもらえたと言うことだろう。
「まいったな。そこまでバレてたか」
「何年、お前と親友として付き合っていると思う。式を挙げるのも、今回の任務がケリがついてからだろ?」
「ああ、戦場で亡くなった戦友との記憶にも決着がついたからな。その決着を付けてくれたのが俺が今、世話になっているその隊長だ」
カークはかつて、戦場で瀕死の重傷を負っていた戦友を介錯した。それにより、あらぬ噂を立てられ軍を辞めざるを得なかった苦々しい過去がある。
不治の病を隠していたその戦友は何としても戦場で戦死したという形をとらなければ、家族に恩給を残してやれなかったのだ。だが、その際に形見の品として戦友の彼が持っていた精術武具を譲ってもらったがために一部から嫉妬を招きあらぬ疑いをかけられたのだ。
いわく『カークは、戦友を殺して精術武具を奪ったのだ』と。
カークは戦友の家族を守るため、自らの身の証を立てることもなく黙したまま軍を辞めた。その積年の思いを理解して救いの手を差し伸べたのが、カークにとって現在の隊長であるルストなのだ。
親友のサウドは言う。
「だったらなおさら、助けに駆けつけてやらなきゃな」
「ああ。無論だ」
そう答えながらカークは両手の拳を強く握りしめた。
重いその一言が、全ての真実だった。
馬車はイベルタルへと繋がる運河航路の停泊所を目指してひた走るのだった。







