パック来訪 ―パックの語る、東方人社会の真実―
そして、地下階の入り口の扉を開けると、視線を走らせて仲間の姿を探す。果たしてそこにいたのはプロアとドルスだった。
カウンター席に腰を下ろしている二人を見つけて歩み寄ると声をかける。その時の時計の針は正確に夕方6時を指していた。
「おさしぶりです、お元気そうで何よりです」
パックから語られた言葉に答えたのはプロアだった。
「パックもな。今日はわざわざ呼び出しに応じてくれてありがとう」
「いえ、私ごときでよければ」
勧められるままにカウンター席で腰を下ろすとその場で軽く一杯オーダーする。
「老酒を小さいグラスで」
バーテンダーの出したグラスを手にしながら3人の会話は始まった。
「それで今宵は何の御用向きで?」
「それはだな今この街で起きているとある出来事に関してお前の知恵を借りたい」
「私でよろしければなんなりと」
穏やかな表情でパックは答えた。
「話というのは他でもない、俺達の隊長であるルストがこの街に来て単独で何らかの任務をこなしているようなんだ」
「ルスト隊長がですか?」
「ああ、だがこの街イベルタルの厄介さはお前も知ってると思う」
プロアの言葉にパックは頷いた。
「はい、それは十分承知しております」
そしてひと呼吸おいてパックはその理由を述べた。
「この街はあまりにも多種多様な人間が激しく出入りしております。その人間の繋がりをある程度押さえておかねば、対立した組織のそれぞれの人間に接触してしまうことになりかねない。そうなると〝信用〟をたちどころに失ってしまいます。それだけは絶対に避けねばなりません」
傍らで話を聞いていたドルスは頷いていた。
「なるほどそういう事か」
「はい。元々逃亡奴隷である私はこの国に密入国する際に、このイベルタルの街から歩みを始めました。ある組織の手引きで密入国を果たすと、少しの間この地に滞在してこの国の決まりごとを身につけ、この街を後にして放浪の旅に出ました。その後、偽名にて職業傭兵になり今日に至ります」
「それがこの街が厄介だという理由か?」
「はい、そして何より、この街は、フェンデリオル国内の他のどの街よりも、東方人の占める割合が非常に大きいのです。東方人は外国に腰を下ろして自らの生活の場を作る場合、同族の者たちで肩を寄せ合い〝華人街〟を形成いたします。そして独自のコミュニティを作り自らを守ろうとします。それはこのイベルタルの街ではなおさら顕著です。この街で活動する上では〝東方人社会〟の動静について見識を身につけるのは必須と言ってよろしいでしょう」
そこにプロアが言葉をさし挟んだ。
「そしてそこに重要になってくるのが、ルストがこの街で関わりを持っているであろう〝ある人物〟なんだ」
プロアの言葉はパックに向かう。
「パック、この街で〝北の女帝〟と言われて誰を思い出す?」
「北の女帝? その二つ名を持つ人物であれば、この街の花街で最も大きな権勢を誇っている〝シュウ・ヴェリタス女史〟の事ではないでしょうか?」
パックの口からシュウ女史の名前が出てきた。この街の実力者の1人だ。
「彼女でしたら、表社会の商業にも、裏社会のシノギにも、深く精通しております。私もこの街に滞在した折、何度か顔を合わせておりますが、ゆめゆめ油断ならない人物です。自分の身内を守るためであれば手段を選ばない。味方にすれば強いが敵にすれば最も厄介な人物です」
プロアは彼の言葉に頷くと言葉を続けた。
「まず1つ知っておいてほしいのは、俺たちの隊長であるルストが、3年前に実家から家出をした後、ルストの身柄を引き取って半年間仕事を与えていたのは、そのシュウ・ヴェリタスって女性なんだ」
そこまで聞いてドルスはあることに気づいた。
「つまりルストは、この街ではその北の女帝と呼ばれている実力者の〝身内〟と見なされているというわけか?」
「そういうことだ。そして、もっと厄介なのが、シュウ女史はイベルタルの東方人社会ともつながりが非常に深い。この複雑怪奇なイベルタルの権力構造を、完全に掌握できる唯一の人物だと言われている」
パックがつぶやく。
「それ故に彼女は〝北の女帝〟と呼ばれているのですよ。もっとも、ルスト隊長がシュウ女史と繋がりがあったのは初耳でしたが。時にプロアさん。あなたもよくご存知でしたね?」
「ああ、それか? 難しい話じゃないさ。俺も昔、傭兵になる前に身を寄せていたのは、この街にある精術武具の地下オークション組織だったんだ。この街を拠点として生きていく上では身につけなければならない約束事があまりに多いからな」
「同感です」
プロアとパックがそんなことを話している間、ドルスは驚きつつも深く思案していた。







