白王茯《パクワンフー》と静燕《ジンイェン》と、馬車上の秘密の会話
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■読者様キャラ化企画、参加キャラ■
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静内燕様【静 燕】
イベルタルの夕暮れの街を1台の馬車が足早に駆けていく。
4人乗りのブルーム馬車だが、その造りは一般的なフェンデリオルの乗用馬車とは微妙に異なっていた。通常であれば黒地や光沢のある木目調の車体が多いのだが、その馬車は落ち着きのある赤色で塗られており、漆と呼ばれる光沢のある塗料はその馬車にこの国にはない異国情緒の高級感を醸し出していた。
その馬車はイベルタルの北部商業地区の片隅にある東方風の酒楼である〝夢楽酒厨〟と言う店から出発していた。日中は東方風の料理の食事を、夕暮れからは酒宴を、東方人以外のイベルタル住人にも提供しているある意味庶民的な店だった。
その店を宿代わりにしてイベルタルに滞在していた東方人が居た。いや、今は国籍をフェンデリオルにしたから、元東方人だろうか? もっとも当の本人はそんなことなど気にもしていないのだろうが。
彼はある報せを受け取っていた。報せの送り主はルストの仲間のプロアだ。そして、報せを受けとった男もルストの仲間でパックだった。
パックは、速報伝報のメッセージ文章を開くと目を走らせる。
『パックへ、東部商業地区にある酒場〝ネクタール〟に夕方6時に来られたし』
店の奥の方にある、特別な常連客に対して開放している寝床のある部屋がある。そこでメッセージ文を眺めていたパックだったが、納得したふうに頷くとすっくと立ち上がる。
わずかばかりの手荷物をまとめると店の方へと出て行き、店主である人物に事の次第を話して外出しようとしたところ、送っていくという申し出を受けたという次第だ。
馬車の中には2人の人影、パックと、この馬車の持ち主にして酒房の店主の〝静 燕〟と言う。
薄浅葱色の落ち着いた色合いの長袍姿の静は美しい顔立ちの人物だった。髪は長く特に束ねてまとめるではなく後ろの方へとゆるやかに流している。その横顔はほっそりとしていて女性であるかのようだ。だがその服装は明らかに男性物であり、男性と女性とそのどちらかに決められることを拒絶しているかのようである。
馬車の中で先に口を開いたのは静だった。
「それで、白 大人、今宵お伺いするところとは?」
問いかけの言葉にパックは答えた。
「今の私の仕事の仲間の所へ向かいます。緊急の呼び出しのようです」
「まぁ、それでは休暇は取り消しでしょうか?」
少し可愛らしく小首をかしげるようにして静は問い返す。
「いえ、それは分かりません。もしかすると急な相談事があり会いたいというだけかもしれません。何事もなければ夜には帰れると思います」
「そうですか。それではお夕食は?」
「静 小姐あなたの料理を口にすることができないのは残念ですが、今宵は外で仲間と食を共にしようと思います」
「そうですか。それではあなた様のお帰りをお待ちしております」
穏やかにして、たおやかなその語り口。静かな佇まいの中に育ちの良さと品の良さが滲み出ている。落ち着き払った態度とも相まって、静の素性の確かさと人としての格の高さがはっきりと伝わってくる。
「謝々、静 小姐」
その言葉に静も静かに頷いた。もともとパックも余分な口数の少ないおとなしい人柄をしている。馬車の中は静かに過ぎていったのである。
一路、馬車は道を南下し繁栄の大鐘楼のある環状交差点へと向かう。そしてそこを左へと折れてイベルタルの街を東へと向かう。その馬車の中で静は語り始めた。
「時に、白大人」
「はい」
「あなた様にお伝えしておきたいことが」
「それはどのような?」
パックの斜向かいの席に腰を下ろしていた静だったが、いつになく真剣な顔でパックに告げる。
「華人協会が正式に、この街の重鎮である〝シュウ女史〟の一派と手を結んだようです。いえ、かねてからそういう状態であったのが表社会にも明るみに出るようになったということでしょう」
「そうでしたか、それだけイベルタルの表社会も、平穏ではなくなりつつあるという証拠でしょう」
「確かに――」
静はひと呼吸置いて続けた。
「もう1つ、むしろこちらのほうが重要なのですが、我々【真華幇】の存在は表社会には露見しておりません。あなた様もくれぐれも、みだりに口外なさいませんようにお気を付けください」
「それは十分承知しております。沈黙をもってして返せる恩もあります。結社の縁と恩、改めて私の中にとどめておきます」
「結構です。私たちもあなたとの良好な関係はこれまで通り維持して行きたいので」
「私もです。自由を求めて故郷を離れて、この国の大地を踏みしめるまでに幇結社の皆様方に与えていただいた数々の善意、決して忘れることはございません」
「白大人なら、そうおっしゃっていただけると信じておりました」
その会話は静が何らかの組織の構成員であるということを暗に匂わせていた。
その静かな微笑みの中に、底知れぬ恐れのようなものが彼女の中から溢れ出していたのである。
やがて馬車は目的地へと近づいていく。
表通りから一歩離れた場所へと入り商業地区の裏通りにある食事処や呑みどころが立ち並ぶエリアへと辿りつく。
馬車が指定された煉瓦造りの建物の前で停車すると、パックは静へと告げた。
「それでは、静 小姐行って参ります」
「ええ、あなたもくれぐれも気をつけて」
そんな言葉をやり取りしながらパックは馬車から降りると勝手知ったるようにネクタールの店の中へと入って行った。







