プロアかく語る ―混迷都市イベルタルの真実―
「あ――」
「どうした、おっさん」
「ん、そういや軍の諜報部門――〝防諜部〟って言うんだが、そこに今回みたいな事やらかしそうな実力者が1人いたなと思ってよ」
「おい? 誰だそいつは!」
プロアの問いかけにドルスは低く落とした声ではっきりと告げた。
「〝黒鷹のブリゲン〟――フェンデリオル正規軍、防諜部第1部局部局長を務める大佐どのだ」
「〝黒鷹〟――、そういえばその二つ名は俺も聞いたことがあるぜ。かなりの切れ者だって話だ」
「そいつが、ルストの首根っこを掴んでパシらせてるって訳か」
「その可能性が高そうだな」
そこまで話して二人は思案する。ドルスは思案げな表情を浮かべながらグラスを傾けた。
「どうする、プロア。俺たちはたまたまそれぞれの都合で北の街であるイベルタルに来ていたが、そもそも今現在、ルストがどこに居るのか判断がつかん」
「それなんだが、〝俺は〟見当がついてる」
「ほう? それで?」
「ルストのオルレアでの隠れ家の住所宛てに速報伝報を打った。残念ながら不在で不着扱いになった。ルストはすでにオルレアから出発していると判断するべきだ」
速報伝報――、フェンデリオルで広く普及している通信手段である〝念話装置〟、そのシステムを用いて短文のメッセージ文書を、街角の専門業者を経由して指定された住所に速やかに送る仕組みだ。
メッセージを送ろうとしている場所にもよるが、大都市であれば半刻(注:30分)もあれば、目的の場所にメッセージ文書を届けることが可能だ。
この場合、イベルタルに居たプロアがオルレアのルストの隠れ家に速報伝報を送ったが、住人不在で届けられなかったということを示している。
つまり今現在、ルストがオルレアに居ないと言う事を示しているのだ。
「また別なところに行ったってのか?」
「ああ、専属侍女のメイラと一緒にな」
「あ、そうか。侍女が留守番してるなら伝報は受け取ってもらえるもんな。それじゃ一体どこに?」
ドルスの疑問にプロアは答える。
「おそらくこっち、イベルタルに来るはずだ」
「確証があるのか?」
「ああ、ルストは今、ある人物の足跡を追っている。自分の知り合い関係に人物調査のために訪問を繰り返していたそうだ」
「いったい誰を調べてたんだ?」
「北の同盟国ヘルンハイトから移籍してきた製鉄工学の学者でケンツ・ジムワース博士だ。その博士様が今現在いるのが、この北の街イベルタルなんだ。どうやら博士の身柄を押さえるために急を要しているらしい」
「そしてこっちに活動拠点を移したってわけか。俺たちの姫様は」
「ああ、そういうことだ」
そしてドルスは真剣な表情で言った。
「だったら急いでルストの身柄を押さえようぜ! 今すぐに合流して一体何があったのか問いたださねえと!」
苛立ちをぶちまけるようにドルスはガラスをカウンターに強く置いた。
――タンッ!――
だがそれをプロアは窘めた。
「まあ待てよ、おっさん。焦りすぎだぜ。今すぐにルストのところに乗り込めない理由があるんだよ」
「あ? どういう事だ?」
「それを話す前におっさんには、このイベルタルと言う街の特殊性を話しておかないといけないな」
「この街の特殊性?」
「ああ」
プロアはビールのタンブラーグラスを口につけると言葉を続けた。
「イベルタルは特殊な街だ。経済が発展しているというだけではなく、実に様々な権力関係が交錯している。
フェンデリオルの表社会の人間だけではなく、裏社会や闇社会、さらには外国人、様々な連中が出たり入ったりを繰り返して、複雑怪奇な関係性を作り上げて今日まで存続してきた」
プロアのその言葉をドルスは沈黙したまま真剣に耳を傾けている。
「そもそも、イベルタルは高度な自治都市だ。中央首都オルレアの中央政府と長年にわたり駆け引きを続けながら独自性を維持してきた。
イベルタルの都市自治会議を最高権力組織として、フェンデリオル商人や、一般市民富裕層、候族社会に、正規軍駐留部隊勢力、東方人ソサエティ、さらに俺が昔いた地下オークション組織、さらには、これ以外にも半分闇社会に足を突っ込んでいる危ない専門組織がそこかしこに蠢いている。
それらの繋がりを正確に把握せずに勢いだけで乗り込んでいったら、明日の朝にはそこいらの川で死体になって浮いてるぜ? それだけ厄介なんだこの街は」
恐ろしいまでのプロアの真剣な表情を目の当たりにして、さすがのドルスも冷静にならざるを得なかった。
「そうか、お前は昔、地下オークション組織に居たんだったな」
それだけにプロアの言葉にはあまりにも強い説得力があった。
「それじゃあどうすればいいんだ?」
「それなんだが、こっから先を説明するには俺たちの仲間である〝ある人物〟に来てもらわないといけないんだ」
「ある人物? 誰だそいつは?」
「まぁ、待てよ。時間に正確なやつだからあと5分くらいでここに来るはずだぜ」
そう語りながら壁に掛けられた柱時計を見れば、針は6時5分前を示していたのだった。







