カウンターバー『ネクタール』にて ―ドルスとプロアの対話―
それはルストがイベルタル入りする2日ほど前の日のことだった。時刻は夕方、太陽は地平線すれすれに沈み始め、空は暗がりの中に沈もうとしている時だった。
場所はイベルタルの東近く。
イベルタルを縦横に貫く二つの街道、その東西に走る街道筋の東側、イベルタル東部商業地区の街道沿いから少し奥に入った裏通りにその酒場はあった。
煉瓦造りの建物で地下1階地上2階、地下階はカウンターバー形式で、夕方早い時間ならば客足はまだ多くない。人目を忍んで話し合うには都合のいい場所だった。店の名前は【ネクタール】と言う。
その店内のカウンター席に2人の男が席を設けて、グラスを傾けながら話し込んでいる。
頭にバンダナを巻いた若い男と、
無精髭の目立つややくたびれた感じのする中年男、
ルストの部隊の仲間の〝プロア〟と〝ドルス〟だった。
彼らの会話はある人物についてのものだった。
カウンターの席に腰掛けながら2人はグラスを手にしていた。1人は琥珀色のモルトウイスキーで、もう1人は細長いタンブラーグラスに入った黒ビールだ。
酒の肴として鶏肉が調理されて皿の上に並べられている。それらを前にして二人の会話は続いていた。
ドルスの言葉が続く。
「ルストが極秘の任務を与えられているってのはマジもんで本当なんだな?」
その声には苛立ちと義憤がにじみ出ていた。その言葉にプロアは返した。
「ああ、間違いない。ルストの周辺を洗ってみたところ休暇とは名ばかりで、あくせくと毎日のように出かけているそうだ」
「ちょっとした旅行ってわけではないのか?」
「東南部山岳地帯にある立ち入り禁止区域に足を踏み入れるのが旅行というのならな」
プロアのその言葉に、ドルスの表情が張り詰めた。
「東南部の山岳地帯――、って言やぁ政府系の重要施設が複数存在する。その中でもとびっきり厄介なのが、死刑確定囚や重犯罪人が押し込められている〝グロスゲート監獄〟がある場所じゃねえか」
ドルスは、元は正規軍の軍人だ。政府の主要施設や犯罪者の処罰状況は十分に熟知していた。監獄の場所など分かっていて当然だった。
「そうだ、明らかにグロスゲートへとつながる極秘ルートにルストが入っていたと言う確証がある」
「そうかそういうことか。ただの旅行とかで足を踏み入れる場所じゃねえよな」
「ああ、仮に単独の単発任務を職業傭兵ギルドから受注したとしても、グロスゲート監獄に行けるようなご大層な任務はそもそもがありえない」
グロスゲート監獄は政府系の最重要施設だ。そうそう簡単に立ち入り許可が降りるような場所ではないのだ。プロアの言葉に、ドルスはグラスの中のウイスキーを少し飲み干しながら言葉を返した。
「そんなことができる任務があるとすれば〝政府がらみ〟の特別な依頼以外ありえないというわけか」
「そうだ。その点が俺も強く引っかかっていた。それで自分の昔の仕事のつてを使って、さらに深堀りしてみた」
「それで?」
「さらにいくつかの情報を掴んだ」
プロアは、世の中の表と裏、それぞれに顔が広い。情報収集の能力の高さは伊達ではないのだ。
「それでどういう情報なんだ?」
「ルストが軍関係者の保有しているセーフハウスの1つに恒常的に出入りしているという話だ」
――セーフハウス――
いわゆる〝隠れ家〟の事だ。
個人の邸宅や別荘、あるいは商館や店舗などに偽装して身を隠すための場所。この場合、軍関係者が身を隠すために用いられていることになる。
そこでドルスが何かに気づいたようだ。
「軍関係者で隠れ家を使う奴がいるとすれば、一番考えられるのは〝諜報部門〟の人間だな」
「ああ、俺もそう思う」
「話を整理するぞ、つまり俺たちの隊長は、正規軍の諜報部門の何者かに命じられて、極秘の重要任務をやらされている可能性があるって事か」
ドルスの言葉にプロアは頷いた。
「ほぼそれで確定だろうぜ。俺たちが休暇を楽しんでる間、ルストは軍の何者かに睨まれて面倒な仕事を押し付けられている。それで、オルレアを中心として走り回っているわけだ」
「なんでそんな状況になってるんだ? 俺たちの隊長だぞ。何勝手なことやらせるんだ!」
いら立ちを隠さないドルスにプロアも同調した。元々冷静で鋭い知性の持ち主だったが、今までに無いくらいに静かな怒りをたたえている。
「それは俺も思っている。おそらくは政治的な駆け引きの意味合いもあって、俺たちの特殊部隊の独立性を維持するためにルストなりに協力者を増やしておこうっていう腹なんだろう。だが、あいつ1人に背負わせるには荷が重すぎるぜ」
「それは俺も同感だ」
「だろ? だが問題は、一体、誰がやらせているか? そして、何をやっているかだ」
プロアがそこまで話した時にドルスは何かにピンと来たようだ。







