闇のキャビネットⅢ ―悪縁繋がる、学者と在外商人―
武人である艮先生が称える。
「東方武術の達人たちの間でよく語られている話だが、そいつの名前は【凶刃の小隆】と言う。元々はアデア大陸で武術家を目指していた男でね。大陸4大大会の覇者に与えられる称号である〝龍の男〟の名前を目指していたとも言う」
「龍の男に?!」
「む? 知っているのかね?」
「はい、私の部隊に一人所属しておりますので」
その事実に東方系の3人が軽くどよめいた。
「それはすごいな」
「さすがですな」
「ああ、その人物のことは私も知っている。
ともあれ話を戻すが、最終決戦で敗北し龍の男の称号を取り逃がしてから、武術家としては精彩を欠くようになり、心が折れたのか裏社会へと落ちていったという。元々、暗器術に長じていた人物で、特にナイフのような鋭い獲物をもっと得意としているそうだ」
颯さんも情報を提供する。
「地下オークションに関わる人間たちの間では、非常に凶暴かつ、恐ろしく頭がキレるとのもっぱらの噂です。カリスマ性よりも、恐怖で組織を統率するタイプです」
そして、シュウさんはある点を指摘した。
「つまり、表社会の学問界の重要人物が、闇町界隈でとびっきりやばい連中に目をつけられているってわけだね?」
「はい、その通りです」
私はうなずく。だが話はそれで終わりではない。
「ですが、そこに絡んでくるのが、ケンツ博士が、ヘルンハイトを離れて、フェンデリオルに移り住んできた経緯です」
「経緯? 何か事情があるのかい?」
「はい。ケンツ博士は実は、ヘルンハイトのイアルホール大学において、政府から来年度の研究予算を大幅に切られたんです」
だがそこで商人であるバナーラさんが驚きの声を上げる。
「馬鹿な!? 国の至宝と言っていいほどの優れた才能だぞ? 最優先で研究資金を投入すべき人物だ!」
「おっしゃる通りです。ですが彼は現に来年度予算を大幅に削られ、それにより当座の研究資金としての借入金を返済することができなくなり、夜逃げするようにヘルンハイトからフェンデリオルに移り住んできたのです」
「信じられん。彼ほどの人物が」
「ですがこれは厳然たる事実です。そしてもっと厄介なことがあって、彼はフェンデリオル国内で、ドーンフラウ大学をはじめとして、様々な場所で活動の場と研究資金を求めて協力者を募ったのですが――」
そこでガフーさんが顔を左右に振った。
「それは無理だ、彼は筋金入りの非戦主義者だ。ヘルンハイト国内ならなんとかなるだろうが、常に戦時状況下にあるフェンデリオルでは反発しか生まないだろう」
私は頷きながら答える。
「その通りです。至る所で問題を起こし現在の勤務先であるドーンフラウ大学でも当面の間の活動の凍結を命じられたと言います。大学の講義でも戦争の否定を口にして、学生や研究生から猛烈な抗議を受けたそうです。その噂が巷に回ってしまい、彼は今、困窮した状態にあります。そして彼が最後の手段としてすがったのが〝イベルタルの在外商人たち〟なんです」
私が一通り語り終えると、皆は沈黙したままだった。現在の状況がどれほど厄介なことになっているのか、痛いほどわかったからだ。
「なんてこった。よりによってそこに絡まったのかい!」
そう苦々しく呟くのはシュウ女史、そこにアシュレイさんが告げる。
「悪縁は悪縁同士で惹かれあうと申します」
「そうだね、在外商人の連中ならば、ケンツ博士の非戦主義なんかお構いなしに繋がりを持とうとするだろうからね」
曽さんがたしなめる。
「ですがこのまま放置はできますまい。ケンツ博士の持つ高度な技術がもし万が一、在外商人経由でフェンデリオルの敵対国であるトルネデアスの勢力下にでも渡りでもしたら、あの国との戦争もより厄介な状態に陥りかねません」
ぼやくようにカーヴァさんがため息をつく。
「黒鎖、非戦主義の学者、在外商人、それに精術武具の国外持ち出し案件――、なんともまあとびきり厄介なのが立て続けにつながりましたな。なんともはや」
懐から取り出したハンカチーフで、額に浮いた汗をぬぐっていた。
私は彼らに言った。
「私がこのイベルタルに姿を現し、皆様のもとにおすがりしたその理由が伝わりましたでしょうか?」
丁寧な口調でそう述べれば誰もが頷いていた。
シュウさんが言う。
「よくわかったよ。国の命運を左右するほどの卓越した技術を持った科学者が、祖国に見捨てられて路頭に迷っていて、なおかつ裏社会の剣呑な連中に目をつけられている――、これが今、あんたが追っている事件のあらましってやつだね」
「はいそういうことです」
「なるほど、それでここから先、具体的には何をすればいいんだい?」
「はい。ケンツ博士が接触を持とうとしている〝在外商人〟に接触を試みたいのです。彼らが何を考えているのか、本当に国家に仇なすほどの危険な存在なのか。この目で確かめたいのです。
その上で一刻も早くケンツ博士の身柄を保護しなければなりません」
「なるほどそういうことかい」
そう呟くとシュウ女史は少し思案した。そして一言、
「カーヴァ・パパ」
「は? はいはい」
「在外商人の有力勢力が今夜あたり宴席を持つような店はあるかえ?」
「お? おほほほ、少々お待ちを」
花街の娼館や酒房を全てを掌握する立場にある彼が動き出した。立ち上がると会議室から出ていく。そして別室へと姿を消した。
それを視線で追いながらシュウ女史は私に尋ねてきた。
「時に、プリシラ」
「はい」
「在外商人連中とは、どういう形で接触をするつもりだい?」
「それは――」
私はそこで言葉を詰まらせてしまった。そんな私を察してシュウさんは苦笑しながら私にアドバイスする。







