ルストとシュウ女史の対話Ⅲ ―シュウ、ファッション業界に手を出す―
「言ったろう? 表の世界の仕事にも手を出したって?」
「はい、まさか政治以外の世界にも?」
「あぁ、ファッション関係にも積極的に手を出すようになってね、お針子をたくさん抱えて組織化して会社を起こしたのさ。花街を仕切っていたから、元々女性のドレスとかは慣れてたからね。
上流階級のドレスと言うと大抵が高級仕立て服だったんだけど、経済活動が発展してくれば上流階級じゃなくても豪華なドレスに手が届くようになる。でもそうなると数が揃っていた方が商売になるんだよ」
その言葉に私はあることに気づいた。
「高級仕立て服ではなく、高級既製服ですか?」
「あぁ、私は元々、花街の支配人だったからね。女が着飾るのに何が必要か? と言うのはずっと分かっていた。金を湯水のように費やしても平気な上流階級のご婦人方ならいざ知らず、中流クラスの女性たちが望んでいるのはそう言うものじゃないからね。高級仕立て服に近いクオリティの既製服――、そう言うのがあってもおかしくないと常々思っていたのさ」
「それでお店を始められたんですね?」
「あぁ、大きいのから小さいのまで手広くね」
そう言いながら彼女は私のドレスを楽しそうに眺めていた。
「メルヴェイユーズ風のシースルーのアウタードレスに、ソフトコルセットの作りを利用したインナードレスの組み合わせ、流行るかどうか心配だったんだけどプリシラが気に入ってくれてるって事はうまくいきそうだね」
「はい。とても素敵です」
シュウさんがデザインしたドレスを偶然にも私が選んで着こなして、それを着てシュウさんに会いに来る。なんて不思議な巡り合わせだろうか? そう思わずにはいられない。
すると彼女の目線は私の胸元へと降りていく。
「こっちのほうも、プリシラも私の所にいた頃はまだまだ子供な体だったけど、今じゃすっかり大人になっちまったね」
そう言いながら胸元や腰の辺りを確かめるように触っている。その感触に思わず頬が熱くなる。
「シュ、シュウ様」
「うん、すっかり大人の体だね。本当に返す返す2年半前のあのことが無ければ、プリシラを私の秘蔵っ子として手元に置いておけたのに――」
その言葉の端々に今なお結婚もせずに独り身で暮らしているシュウさんの寂しさのようなものが垣間見えた。それはおそらくここでしか出せない本音だろう。
「ごめんよ。辛気臭いこと言っちまった」
「いえ、シュウ様が私のことをそこまで思って頂いてたと分かっただけでもとても嬉しいです」
そして私はシュウさんと見つめあった。
「プリシラ」
「はい」
そして私たちはそっと顔を近づけると、お互いの頬と頬を交互に触れ合わせる。いわゆる〝チーク〟と言う愛情表現の作法だ。
その後に、シュウさんはちらりと壁側の柱時計を確かめる。
「そろそろ〝次〟の準備をした方が良さそうだね」
「はい」
13時から始まる本当の集まりの事だ。
私たちは体を離すと立ち上がった。その時私は彼女に尋ねた。
「そういえば」
「なんだい?」
「はい、先ほどシュウ様がおっしゃっていた〝膿〟って何のことですか?」
「あぁ、その事かい。そうだね、私が言う膿と言うのは〝在外商人〟の事さ」
――在外商人――
ここでもまたその言葉が出てきた。
「在外商人ってのは、商売の拠点をフェンデリオルの国の外に置いている。活動の拠点を海外においている商人というのは、国籍がたとえフェンデリオル人だったとしても納税や兵役義務の面で大幅な猶予が計られている。いわゆる〝お目こぼし〟ってやつさ」
「兵役逃れと税逃れ!」
薄々分かってはいたが、改めて聞かされると呆れるやら驚くやら。
「そうさ、それもこれもイベルタルの税収が中央政府に握られて不当に高かったせいでもあるのさ。だから節税を目的として国の外に活動の拠点を逃がすやつが後を絶たなかったんだ」
「それが〝在外商人〟なんですね?」
「ああ、そういう事。今は流石に税収事情が改善されたから以前よりは減ったけど、それでもまだまだ在外商人として活動する連中は後を絶たないね」
そう言うとシュウさんは大きくため息をついた。未だになおこの街では大きな問題になっているのは間違いないようだ。
「それに加えて、東のフィッサールから入ってきている〝黒鎖〟とか言う犯罪集団の連中の問題もある。かなりの勢いで裏社会に蔓延り始まってるのは間違いないんだ」
私は不安を抱きながら尋ねた。
「そんなにひどいですか?」
「ああ」
そしてシュウさんは意味深な言葉を口にした。
「娼婦が訪問仕事を嫌がるレベルさ」
その言葉に私は背筋が凍る思いがした。つまりは客に呼ばれて喜んで訪問したはいいが、訪問した先でいつ黒鎖の息のかかった人間に遭遇するかわからないのだ。
「仕事だと思って行けば、実は罠でヘタをすれば誘拐されかねない」
「そういうこと。今じゃ、よほどの確実な身元の人間じゃなければこっちからは出向いたりしないね」
深刻な状況が進んでいると感じてはいたがまさかここまでとは思わなかった。
「早急に対応をとりたいと思います」
「頼むよ。もっと詳しく在外商人について聞きたければ、ガフーやバナーラとかに訪ねてみるといいよ。表社会の商業に関しちゃあいつらの方が詳しいだろうからね」
「わかりました。後ほど本会議で聞かせていただきます」
そう答えると、私はシュウさんから離れて歩きだした。
「すいません、私、先に行きます」
「どうしたんだい?」
「はい、本会議に入る前にある人と話をしておきたいので」
「ある人?」
不思議そうにするシュウさんに私は答えた。
「〝颯〟さんです」
先ほどの食宴の初顔合わせで手のしぐさによる礼意を表さなかった人だ。
「あぁ、そういうことかい」
そう言いながら彼女は私が何を考えているか理解してくれたようだ。
「それなら急いで行っておいで。悪い人じゃないけれど少々変わり者だからね」
「はい、わかりました」
私はシュウさんにそう答えながら、控え室を後にしたのだった。
 







