闇の集団【黒鎖《ヘイスォ》】 ―闇夜の中に蠢き出す―
「〝旋風のルスト〟――だよね? 1年以上前に西の国境で敵対国を撃破し、その後、独立部隊を編成してフェンデリオル国内の犯罪組織やカルト集団、ゲリラ組織を立て続けに撃破している国家級の英雄――」
そこまで自分で語って何かに気付いたのか、ハタと両手を合わせた。
「そういう事か。シュウのおばさんに代わって、ルストって女が戦闘指揮を取ればいいのか。何しろ、現場で山ほど功績を立てた、とんでもない女だし」
裏表のないあけすけな口調で幻は滔々と語ったがそれを否定する声は誰もいなかった。
古は再びニヤリと笑みを浮かべた。
「正解だ。そして俺たちが先んじて、動き出さなきゃならねえ理由がそれだ」
そして、正が問題点を一つにまとめた。
「つまり我々は旋風のルストが、イベルタルの自治会議勢力とイベルタルの裏表を一つにまとめ上げ、我々に対抗しうる実働戦闘勢力を構築するその前に、あの女を始末する必要があるのです」
「そういう事だ」
そして、古は、その場を見回してこう告げた。
「誰かやる気のある奴はいるか?」
つまりは明確に〝旋風のルストを殺せ〟と言っているのだ。
誰もが尻込みすること思ってその時だった。
居合わせた5人の者たちの中の1人が声を上げた。
「〝古〟私に任せておくれよ」
声をあげたのは猫だった。扇子を広げ、自らの首筋を軽く仰いでいる。余裕をもって落ち着き払ったその姿で彼女が語り始めた。
「そのルストって小娘だったら私に任せてくれない? ちょいといい思案があってね」
「ほう?」
「さっきも正大人と話をしてたんだけど、あたしはね、おそらくは夜の街に紛れ込んで自分自ら探りを入れにくるだろう――って読んでたんだよ」
「ほう? それで?」
古は横目に猫と言う女を眺めた。
「何しろこの国を代表するかのような偶像の女だろ? 遅かれ早かれイベルタルに乗り込んでくるのは間違えないと読んでたんだよ。何しろ私ら黒鎖は、あのガキには腸が煮えくり返るほどの恨みつらみがあるからね。淵のダンナも言ってたけど、西の国境の僻地の領地を襲った時は組織の戦闘部隊に壊滅的な被害が出た。私が仕込んだ若手も何人か殺られた。敵を取るためにもあの子娘の命で何としても贖わせなければならない! その時のためにも、こっちの縄張りに入ってきたら何時でも潰せるように準備だけはしといたのさ」
「へぇ、準備万端じゃねーか。それで?」
「イベルタルの花街の中にはアタイが籠絡した男が何人もいる。普段は真面目に働かせるけどいざという時はこっちの思い通りに動く。旋風のルストとやらが花街の中でどこに行こうがこっちの掌の上さ。ここぞという時に網を張って、蜘蛛の巣の上の蝴蝶よろしく、がんじがらめに絡めとってひどい目に合わせてあげようじゃないか」
そこで猫と言う女は妖艶なサディスティックの笑みを口元に浮かべた。
「へぇ、えらい自信じゃねえか」
「ふふ、どんな女傑だって。隙を突かれたらただの女だよ。股の間に穴が開いてるだけのね! 拉致って、人目のつかない所に連れてったら、ひん剥いてまわすだけまわして薬漬けにしておしまいさ! ましてや今は取り巻きの子分達もいない。1人でフラフラしてる今が最大の好機だよ!」
その言葉に古は呆れた。
「まったく、女だってのに他の女を落とすのを病気みたいなこだわりがあるからなお前は」
「ふふ、イカれてるのはお互い様さ。こんな地面の下の薄暗い所に集まってるヤツなんて大抵は頭のどっかがおかしくなってるからね」
「否定はしねぇさ」
口元に笑みを浮かべて古は命じる。
「猫、そこまで自信があるなら、必ず成功させろ。お前の望み通り、正妻にでもなんでもしてやるよ」
「本当かい?」
「ああ、俺に二言はねぇ」
正妻にしてやる。この言葉に猫は完全に上機嫌だった。
「任せておくれ。必ず成功させてみせるよ」
「よし、猫は正と連携しながら策を進めろ。他の三人は持ち場に戻りいつでも動けるように臨戦態勢整えろ。ここから先、何があるかわからねぇからな」
その言葉に、控えていた残り3人の者たちは一様に無言で頷いていた。古はさらに尋ねた。
「それと、ケンツ博士絡みで確認するが、デルファイ、そっちの方の首尾はどうなってる?」
伝令の連絡を終え、部屋の片隅に佇んでいたデルファイだったが、問い掛けられて速やかに返事をした。
「そちらの方は順調です。博士とその妻子を着実に追い込みつつあります。もはや逃亡は不可能」
「俺たちの手の中にある――って訳だな?」
「へい、その通りで。その上で〝例の物〟を手に入れるように圧力を加えております」
「ああ、首尾は抜かりなくな。次は失敗が許されないのは俺たちも同じだからな」
「御意、古大人」
そこで初めて古は満面の笑みを浮かべた。
「ところでケンツの奥方ってどんな女なんだ?」
「はい、容姿端麗な上流階級の美女です」
「いいねぇ。全部の面倒事が片付いたら俺のところに連れてこい。きっちり遊び倒して堕としてから、淫売窟にでも放り込んでやろう。娘はまだガキだったか?」
「はい、まだ10歳にもなりません」
「それじゃガキ過ぎて手を出すわけにはいかねえな」
だがそこまで口にして、古何かに閃いたようだ。
「正」
「はい」
「ケンツの娘と同年代のガキを探してこい。雑居街の裏通りの路上にいくらでも転がってるはずだ」
「心得ました。今すぐに」
「よし、その上でケンツの娘は――」
「承知しております。その点はぬかりなく」
正の言葉に古ははっきりと頷いた。一人の子供の命運を左右するというのに、まるで今夜の食卓に乗せる食肉の家畜を調達するかのような会話だった。
「よし、これで下準備は終わったな。後は花火が打ち上がるを待つだけだ」
そして、古は一堂を見回してそれぞれの名前を呼んだ。
「猫 麗珠」
「あいよ、ルストってガキの方は任せておくれ」
開いていた扇子を閉じて自信ありげに笑う。
「水 風火」
「おう、強襲戦闘部隊はいつでも動かせる。軍隊レベルの連中が出てきたらいつでも言ってくれ」
「頼むぞ、元馬賊のお前の腕、期待しているからな」
そしてその次に――
「淵 小丑」
「御意、可及的速やかに蒙面の者共を動かせるようにいたしましょう」
「ルストって小娘の取り巻きは油断がならねぇ。老師のところの手勢がいざという時の鍵になる」
「それこそお任せを。我が蒙面の者、決して遅れは取らせません」
淵の自信ありげなその言葉に古は頷いていた。
「幻 淑妮」
「はい」
返事をしたのは癖っ毛髪の少女、そっけない口調で淡々と答える。
「組織の持ってる精術武具については任せて。完璧に使いこなせるようにぬかりはないから」
そこで彼女の声は淵老師に向かう。
「淵、あなたの持ってる精術武具の〝音無しのさえずり〟本格的に使う前に調整しておきたいの。あなた私の部屋に来てくれる?」
「承知しました。阿幻」
東方人の言葉で名前の前に〝阿〜〟とつけるのは子供な目下に対する尊称だった。
「後ほど時間を作ってお伺いしましょう」
「待ってるわね」
そして、視線は正の方へと向かう。
「正 橘安」
「はっ」
「お前にも期待しているぜ。こいつらと俺の連携は、お前あってのものだからな」
「御意、万事滞りなく」
こうして話し合いは一つの形を見た。後は実行に移すのみだ。
1人先んじて古が歩き出す。その後ろを正をはじめとする古配下の幹部たちがついていく。
「行くぞ」
その言葉と同時に阿片窟の住人たちである彼らは、闇夜の中に蠢き出したのである。
彼らこそは、イベルタルの夜の闇に根を貼る悪の1団である。







