食宴 ―Ⅲ― 〝カヴァパパ〟の2年越しの感謝の思い
「そう言えばお店の姉さん方には女としての体の手入れも手ほどきしていただきました」
「あら? そんな事まで?」
「はい、『お客と肌を重ねるわけじゃないけど、あんたも女なら覚えておいて損はないよ』って言われて、
首から下への香水の付け方とか、体に垢を溜めないための大事なところの洗い方とか。月の物が来た時の対処とか、まぁここでは言えないようなお話も」
「へぇ、どうりで綺麗なわけだ。男にモテたんじゃないのかい?」
これには私は顔を左右に振った。
「いえ、それな不思議となかったんですよね。その――、傭兵の男性たちから見て、私って妹のように見えるみたいで、なんだか女扱いされたことないんですよ」
ぶっちゃけ本当だ。唯一は部隊の仲間のプロアくらいか。
「なるほどそうか〝紳士同盟〟ってやつだね」
――紳士同盟――
女性の数が極端に少なく男性の数が多い場所において、恋愛の誘惑や色恋への誘いなどは行わず、恋愛感情抜きにした紳士的な触れ合いを皆で心がける約束をするものだ。
「誰も勝手に手をつけてはならない、そう暗黙の了解が広まっていたようですな、彼女の周りでは」
「そのようだねぇ、その分だと未だに生娘何だろう?」
この質問には私は顔を赤くして無言で頷いた。
「やっぱり! この様子ではまだまだ当分、純潔のままのようだね」
「シュウ様!」
「ふふふ」
私は思わず声を上げる。シュウさんはそんな私の反応を楽しんでいるようだった。
食が進めば会話も弾む。昔話に花が咲くこともある。
「いやぁあの時は本当にお世話になりました」
グラスを交わしながらそう語ってくれるのはカーヴァさんだ。
「2年半前のあの騒動ですね?」
食事の席であり、病気が絡んでいる事件ゆえ詳しい病名を口にするのは避けたがカーヴァさんは心からの礼を口にした。
「はい。あなたが身を挺して流行病の危険性を真剣に訴えてくれたおかげでこのイベルタルの花街を死の街にせずに済みました」
そこに問いかけてきたのが貿易商であり文筆作家でもあるというガフーさんだ。
「例の〝1ヶ月間イベルタルの花街を眠らせた〟一件ですね?」
「はい、ルストさん――あの頃はプリシラ様でしたね。この方が病を患った人物の存在を察知してその危険性を親身になって周囲に訴えた。はじめこそ誰も取り合いませんでしたが、それでも数人が彼女の言うことを真剣に耳を傾けた。
懐疑的な意見を持っている連中を説得するためにも、ご自身の身の上にまつわる事情が発覚することを覚悟してでも、プリシラ様は正規軍の防疫部隊に連絡を取り資料を取り寄せその危険性をこの町の重要人物たちに訴えかけたんです」
そしてその病の名前を明確に口にしたのは誰であろうシュウ女史だった。
「あぁ、あの〝梅毒阻止事件〟だね?」
「はい」
「覚えてるよ。涙を流しながら真剣に訴えたんだこの子は、
『女性が女性であることを胸を張って表現しながら仕事はできるのが、この花街の素晴らしいところ。だが、この病が一度広がってしまえば、花街から死の影を追い払うことはできないんです。美の象徴である娼館の女性たちが、一転して死の象徴と蔑まれるようになる! そうなればこのイベルタルの街は終わったものは同然です。お願いですから、この街の未来を守るためにも〝1ヶ月間の花街全域の沈黙〟を決断してください』
――ってね」
カーヴァ氏はしきりに頷いていた。
「ええ、事件を振り返って後から考えてみれば、実に絶妙なタイミングで花街閉鎖が行えたと思います。初動の段階で病気の蔓延を完全に塞ぐことができた。それに続く娼館や従業員全員に対する検査と消毒作業――、反対意見は根強かったがそれを説得してくれたのも彼女でした。いや本当にあなたのおかげです」
それは花街の生きる女性たちの生活を仕切る立場にあるカーヴァ氏だからこそ思い抱く感謝の気持ちだった。でもそれはこのカーヴァ氏あってのものだった。
「いいえ、功労者は私ではありません」
「何をそんな?」
「いいえ、賛同者がなかなか現れない中で一番の話を真剣に聞いてくれたのはカーヴァ会長あなたでしたね」
そもそもカーヴァさんの肩書は【イベルタル娼館・酒楼業連合協会会長】と言う物だ。花街すべてにて、仕事を営み暮らしている女性たちの生活と安全を守るのが彼の役目だ。そしてその重要性を最も認識できているのもまた彼だった。
さらに同意してくれたのが、商人ギルド連合会の会頭次役をしておらられる、バナーラ氏だ。
「ええ、そうでしたね。そもそも娼館店主は短期的な目先の利益にとらわれやすい人物が多い。1ヶ月間も店を休ませる事に反発が起きるのは当然のこと。ですがそれを銀行業界の協力を取り付けて〝損失の補償〟を明言し、実際に実行にこぎつけたのはカーヴァ会長、あなたじゃないですか?」
その通りだ。私だけが何かを成したわけではない。
「そうでしたね。私の意見に耳を傾けてくれたおかげで最悪の事態を乗り切る可能性が見えて来たんです」
そして、シュウ女史は頷いていた。
「そうだね。事件が過ぎ去り落ち着きを取り戻した後で梅毒という病気の恐ろしさとその厄介さが知れ渡るようになった。そして1か月間の町の全域封鎖がいかに正しい判断だったかがキチンと知られるようになった」
するとそこに、華人協会の会長を務めている曽先生が口をさす挟めてきた。
「ですがその頃にはプリシラ様はすでに旅の空、カーヴァ会長も、根強い反対派の反対意見を抑えるために1度は会長職を辞しておられました。功労者が正しい賞賛を得られない。その理不尽に少なからず憤慨したものです」
だが、カーヴァさんは言う。
「いやぁ、結果としてこの街が守られたんだからそれでいいじゃないですか。この街で暮らす女性達が笑顔で暮らしている。それだけが私の望みですから」
「そういうところ、お変わりになられてませんね」
「プリシラ様に、そう仰っていただけて光栄です」
「結局、会長職にはすぐにお戻りになられたとお聞きしましたが?」
「あ、はい。現場で働く女性たちから、復帰を求める声が集まったと聞きました。1度出て行った者がノコノコと舞い戻ると言うのはいかがなものかと思いましたが集まった声を無下にするわけにもいかず、元の仕事に戻らせていただきました」
この人はそういう人だ。腰が低く威厳がないのでなめられやすいが、本気になった時の迫力や意見が恐ろしいくらいに真剣なのだ。
「〝カーヴァパパ〟これからもこの街をよろしくお願いしますね」
「はいお任せください、プリシラ様」
そう答える彼の表情は実に誇らしげだったのだ。







