ルスト、ニューモードのドレスを着る
そしてそのタイミングで高級既製服の業者が来てくれた。それを察して理美容師さんがガウンを着せてくれた。
数人がかりでやってきた高級服店の見立て人はメイラとともにドレッサールームで準備を始めていた。そこにガウン姿の私が現れる。
「急な呼び寄せで本当に申し訳ないわね」
「いえ、ご指名頂き本当にありがとうございます」
「早速だけどドレスを見せてちょうだい」
「かしこまりました。花街仕様で流行の最先端のものとのご指定でらっしゃいましたね」
「ええ、花街や商業界隈に顔の効く人からのお招きだから恥をかかせるわけにはいかないし」
「そうでらっしゃいましたか。それでは何着かお見せいたします。さ、どうぞ」
彼女たちが用意してくれたのは、予想通りと言うか、上流階級である候族界隈で主流であるシュミーズドレス系とは全く違うものだった。
「メルヴェイユーズかしら?」
メルヴェイユーズとはシュミーズドレスの中でも特に薄手で体のシルエットを隠さない装いのことだ。用意してもらったドレスは一見するとメルヴェイユーズに見えなくもないが、そこからもう一手、変化したものだという。
「メルヴェイユーズは過激化しすぎて、あまりにもハレンチなのでそこからまた更に変化したものが今の流行りなんです。今は重ね着が流行りの要素になっているんです」
「例えば?」
「そうですね、例えばこのような形になります。ボディラインをはっきりと浮き出させるコンシャスなタイトインナードレスに、その上にシースルーな素材で作られたフリルが多めのオーバードレスを重ねる形になっております」
そう言いながら彼女が見せてくれたのは重ね着ドレスの中に着ると言うインナードレスだ。ものすごくタイトな作りになっていて造りはボーンのないソフトコルセットに近い。ただ、外見は下着としてではなくシルク系の生地のドレスのように仕立てられていた。
「えっ? これですか?」
「はい」
戸惑う私に彼女はあっさりと言った。私の目の前に出されていたのはデコルテの胸の谷間の辺りのラインですっぱりと水平に切られたシルエットのコンシャスドレス。両肩も隠さずに晒すことになる。それも光沢のあるシルク素材が使われていて体の凹凸に伴う陰影がはっきりと現れる。
しかも丈は、膝より少し上、脚も隠さずに見せるのだという。この辺りはメルヴェイユーズの流行で生まれた肌を見せると言う流行りが形を変えていまだに残っていることを示していた。
「それの上にこちらをお召しになって頂きます」
インナードレスの上に重ねるアウタードレスは本当にシースルーだった。素材はモスリンとシルクとかある。何着か用意されていたが、その中でも特によりふわりとした感触のチュール素材と言うので作られた1着のドレスに私は関心を惹かれた。
シルク製の光沢のあるワインレッドのインナードレスに組み合わせるのは、紫色のシルクチュールで作られたロマンシルエットのパフスリーブドレス。もちろん両肩やデコルテのラインもおしげもなく露出させている。
やかましい服装規定のある上流階級とは異なるのだから、これくらい刺激的な服装をしないとこれから行こうとしている場所では通用しないかもしれないのだ。
それにそれまでの流行りのシュミーズドレススタイルから、最新の流行がさらに変化しようとしてるのであればウエストのしっかりと絞られたロマンスタイルシルエットは一周回ってかえって新鮮だった。
「こちら着用してみてよろしいかしら?」
「お嬢様、お目が高いでらっしゃいますわ。こちら今年の冬の最新の商品でございます。それでは早速、お着せいたしますね」
「よろしくてよ、お願いね」
彼女たちに着付けを委ねる。ガウンが脱がせられ、ドレスに合わせた下着がつけられる。腰から下は非常に面積の小さいパンタレット、胸元は下着はなくインナードレス自体がソフトコルセットの構造をしていて、胸のあたりにバストを支えるパットとカップが裏打ちされている。それで胸を支えることになるのだ。
ワインレッドのインナードレスを着て、その上にふわりとしたシルエットの深紫のアウタードレスを重ねる。あまりに柔らかくゆったりとしているので着ていることを感じないくらいだ。
それらを着せられてから姿見鏡で全身を見る。
「いかがでしょうか?」
「うん、悪くないわね。これに合うショールやソックスストッキングはあるかしら?」
「もちろんですわ。すでにご用意してございます」
用意してくれたショールは柔らかな藤色で、ソックスストッキングは極薄いシルク製で色は黒に限りなく近い深紫。なかなかに良い組み合わせだ。
「良いわね。これでいただくわ」
「お買い上げ、ありがとうございます」
すると傍らで控えていた1人がすかさず請求金額を教えてくれる。かなりの出費になるがこれはこれで致し方ない。必要経費として計上しておこう。
「それでは家の使用人に小切手を切らせるから」
「承知いたしました」
「メイラ、お願いね」
「はい、お嬢様」
試着していたドレスを脱いでガウンを着なおすと高級服の業者は丁寧に挨拶をして帰っていく。
「この度はご用命、誠にありがとうございました。またの機会がございましたらドレスサロン〝ポルリータ〟をご利用くださいませ」
彼女たちが去ったあとで、理美容師の人たちをドレッサールームの中に招いた。ドレスの着付けをしながら髪と化粧の仕上げを行なってもらうのだ。
それと同じくして、銀行の使いの者が貸金庫に納めておいた宝飾品を持ってきてくれた。
衣裳に合わせてどれを使うかは理美容師の女性たちに任せることにした。
彼女たちが選んだのは大粒の銀色水晶のイヤクリップと、ダークパープルパールのネックレス。ネックレスにはサファイアのペンダントヘッドも備わっている。
両手にはショートサイズのシルクのグローブ、これにブラッククリスタルのブレスレットを右手にあしらう。
髪の毛は後頭部でシニヨンに、小粒のダイヤとクリスタルで作られたチェーンで丁寧に結いあげていく。
お化粧もしっかりと。特に口紅は艶光りする紫色で大人を意識した。
「いかがでしょうか?」
一式を揃い終えてあらためて姿見の鏡で写真を眺める。急作りとはいえ悪くない仕上がりだ。
「うん、いいわね。これなら安心だわ」
「ご満足いただけたようで何よりです」
「また機会があればお願いするわね」
「承知いたしました。その際はご遠慮なく」
そして小切手で規定の代金を支払う。
こうした慌ただしくもなんとか準備は終わった。履物は愛用しているエスパドリーユの中から、光沢のあるレザーをふんだんに使い、少しヒールの高い物を選んだ。
時計を見れば10時少し前、頃合いとしてはちょうどいいくらいだ。
メイラが出発を促してくる。
「お嬢様、お時間でらっしゃいます」
小物やお金の入った小さな手提げバックと愛用の戦杖を差し出してくる。それを受け取りながら私は答える。
「ありがとう。馬車は?」
「手配済みです。もうじき来るかと」
「留守居役よろしくね。おそらく帰ってくるのは深夜か、明日の朝になるかもしれない。なにしろ夜の世界の住人の人たちだから」
「承知いたしました。留守番役お任せください」
「お願いね」
ちょうどその時、館の入り口の前に馬車が到着した。しっかりした作りの二人乗り用のブルームだ。
「じゃ行ってくるわね」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
こうして私は隠れ家の邸宅をあとにした。
馬車に乗り込み馭者に行き先を告げる。
「どちらまで?」
私は慎重に応える。
「中央市街区の〝水晶宮〟まで」
その言葉に馭者の彼が緊張するのがわかる。でも帰ってきた答えは冷静だった。
「承知いたしました」
そして馬車は走り出す、私を乗せてあの人のもとへと。長い長い夜の始まりだった。







