ルスト、花街仕様のお色直し始まる
ランチ・ディナーで会食――と聞こえは良いが、なにしろ相手が相手だ。普段私が相手をしている候族界隈の上流階級の人たちとは全く異なる厄介さがあるのだ。私は肘掛け付の椅子にぐったりと寄りかかりながら盛大に愚痴をこぼした。その愚痴が部屋の外にも聞こえたのだろう。扉が開けられてメイラが顔を出してきた。
「どうなさったんですかお嬢様?」
私は渋い顔でメイラにお願いをした。
「正装の準備をするわ。それも花街仕様で」
その言葉にメイラがあっけにとられていた。
「花街仕様――で、いらっしゃいますか?」
メイラが困惑しつつ弁明する。
「あの、上流階級の方とのご面会での正装はご用意しておりますが、さすがに〝花街仕様〟のご衣装となると――」
「ここのクローゼットの中には無いわよね?」
「はい、残念ながら」
私とメイラの間に花街仕様と言う言葉が飛び交っているのは、シュウ女史に合う際にそれが一番の問題になるからだ。どんなに優秀なメイラでもコレばかりは想定外だったようだ。
「実はね、今シュウ女史の側近の方に念話したのだけど、シュウ女史の秘密の本邸に招待されたわ。場所は覚えているけどそれなりの服装をしていかないと相手に恥をかかせる結果になる。おそらくはイベルタルの政財界や花巻や裏社会に顔の効く重鎮たちも集めてくるはずよ。それだけの権勢を持ってる人だから」
「なんかすごい状況になってませんか?」
「ええ〝実家〟に帰る時よりも、もっと面倒くさくなってるわ」
私は自分の顔を両手で覆った。それほどまでに難しい状況になってしまったのだ。
ちなみに〝花街仕様〟と言うのは非候族階級の女性たちの中でも権勢を誇る有力者の女性たちが着る最先端の流行のドレスのことだ。
この国の上流階級である候族の正装ならば、ある程度の定番の衣装は既に決まっているのでそれに沿う形で装えばいい。何より服装規定に囚われているので常識的な服装の範疇になる。
だが、花街仕様はそうではない。一番の流行に身を包み自らの女性としての華やかさと美しさを明確に示さなければならないのだ。商業と文化の最先端に生きるということはそういうことなのだ。
「これ間違いなく、シュウ女史は私がどれだけ〝いい女〟になったか楽しみにしてくれてる」
「よろしいじゃないですか? 喜んでいただけるのであれば」
「それはそうなんだけど、あの界隈の女性たちの〝美しさの基準〟に合わせないといけないのよ! はぁ……」
「あ――、そう言うことなのですね?」
メイラも私が何に頭を抱えているのかようやく飲み込んでくれたようだ。だが、嘆いているだけでは先に進まない。私は腹をくくった。
「もう、こうしちゃいられない!」
私は立ち上がるとすぐ準備を始めた。
「メイラ、全身理美容師をすぐに手配してちょうだい。訪問で最低3名で! それから高級呉服の業者にも来てもらって! 既製服でも良いから、最新モードの品を何着か持参の上で。私の服装のサイズは分かるわよね?」
「もちろんです。今すぐに手配いたします」
「お願いね。私はバスルームの準備をするわ。そうだアクセサリーの準備も!」
「宝飾品でしたら、こちらの銀行の貸金庫に保管してありますのでそちらを取り寄せます」
「急ぎましょう! 11時待ち合わせだから10時までに終わらせて出立しないと」
「はい! ただちに」
こうして私は突然の正装の準備をする羽目になった。今更ながらに私は自分がこれから訪問しようとする人物がいかに厄介な人物なのか思い知らされたのだった。
突然のおめかしの必要性、こういう時こそ侍女たるメイラの出番だ。
念話装置を用いて瞬く間に必要な業者を調べあげると連絡を取って呼び寄せた。高級呉服業者に対してはおすすめのドレスを10着程度用意させるのも忘れなかった。さらには銀行にも連絡を取り貸し金庫からの取り出しを依頼する。その段取り、まさにあっという間である。
無論、全身理美容師、高級既製服業者、銀行と言う順番になることはすでに計算済みである。
そしてお風呂の準備終わる頃に全身理美容師が3人で来てくれた。
腕利きの理美容師にその補助が二人ということになる。
「ご用命頂き、誠にありがとうございます。訪問全身理美容のアモーロです」
「ご無理を言って申し訳ございません」
「いえ、ご用命に応えるのが私共のお役目ですから」
こういう場合、職人というのは依頼人の事情と言うのをこちらが何も説明せずとも臨機に察してくれるものらしい。
「急な正装が必要なのですか?」
「ええ、格の高い昼食のお招きに預かりまして」
「承知いたしました。それではお風呂場をお借りいたしますね」
「ええ、よろしくお願いね」
こうしてまずは全身美容が始まる。言葉のやりとりもそこそこに私は衣類を脱ぐと促されるままに浴槽の脇に用意された折りたたみ式の背もたれ椅子に身を横たえる。まずは流し湯と手作業で体の洗浄と髪の手入れをする。
その傍らでは、美容師の職人の方が、浴槽のお湯の中に香料や保湿剤や栄養剤など様々な薬剤の類を手慣れた手つきで入れていく。この理美容師さんは、よくある香油の刷り込みではなく入浴時のお湯で肌の手入れをするやり方をしているようだ。透明だったお湯が濃厚な赤い色に染まっていく光景はなかなかに壮観だった。
3人の連携は手慣れたもので、1人がお湯の準備を終える頃には私の体の洗浄と洗髪は既に終わっていた。
「さあどうぞこちらへ」
促されるままに湯船の中に身を横たえる。その際に首までしっかり浸かるように言われた。
薬湯で体を温めている間に髪の毛にはさらなる手入れがされた。海藻から作られた海藻灰を用いて髪の手入れをする。髪にも酸度がありその調整をしてから卵白と植物オイルで髪をコーティングするのだと言う。
彼女たちに言わせると私の髪は手入れは行き届いているものの少し傷んでいるそうだ。まあ傭兵という仕事柄、当然だとは思う。
それと同時に湯船のお湯の中で左右から二人の理美容師によって肌のマッサージ。お湯の中の薬品が少ししみる感じがするがそのぶん効き目が早いのだと彼女たちは言う。
細かいところに非常に気の利く理美容師さんたちで、顔の産毛の処理や耳周りの汚れ、口の中のケアに至るまで短い時間の中でほぼほぼ完璧にこなしてくれた。お湯から上がる頃には髪の手入れも終わり水滴を拭き取ってくれた。あとは衣装の仕立てに合わせて髪型の仕上げと化粧してくれるという。







