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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第4話:北の街イベルタルにて(前編) ―ルスト、夜の女帝と再開する―
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2年半ぶりのアポイントメントと、ルストが掘った大きな墓穴

「昨夜もお聞きしましたが、なぜ今までお会いにならなかったのですか? お仕事でイベルタルに来た事も、今までに何度もお有りだったじゃないですか?」


 なるほど当然の疑問だ。職業傭兵になってから、さらには特殊部隊の隊長に収まって色々な任務をこなすようになってから顔を出すチャンスは今までにもあったはずだ。


「言ってることは分かるけど、そう簡単にやすやすと会えるような人ではないのよ」

「どういうことですか?」


 私はメイラの口の硬さを信じて事実を打ち明けた。


「ほら言ったでしょ? シュウ女史って、裏社会に顔の効く人なのよ。それもものすごく」

「裏社会――」

「ええ、イベルタルの花街を掌握しているとまで言われてる。そこから彼女についた肩書きが【イベルタルの北の女帝】と言う物なの。

 彼女の言葉ひとつで投資相場が激しく動くこともある。そこに今の私のような肩書きの人間が軽々しく会いに行ったら果たしてどうなるか? 考えただけでも背筋が冷たくなるわ」


 メイラは一瞬息を飲んだ。


「そうだったのですね。モーデンハイムのお家の名前を背負っている今であるならなおさら軽々しくは会えませんね」

「ええ、それにシュウ女史は2年半前に私を逃がすために当時のモーデンハイムの代理人を追い返してる。その意味でもきちんとした釈明と和解をしないと挨拶することもできないのよ」


 ただそこで私は苦笑いする。


「でもそんなことは気にしてるのは私と彼女の周りの取り巻きだけだけどね。そういう事を気にするような神経質な人じゃないから」


 そうは言っても物事は段取りというのがある。私が内密に彼女に送った手紙には2年半前に彼女の元から送り出してもらった事へのお詫びと感謝を添えておいた。

 あのシンプルな返事はその事への彼女なりの返事でもあるのだ。


「それではなおさらきちんとご挨拶にお伺いしませんと」

「ええ、そうね。まずは彼女の側近の人に連絡を取ってみるわ」

「その方がよろしいと思います」


 私たちはそんなふうに会話を終えると、それぞれの役目に入った。メイラはこの屋敷の管理、私は私の任務だ。

 書斎に向かい携帯式の念話装置を取り出すと、シュウ女史からの返事の手紙に書いてあった念話番号をかける。

 そして少しの間向こう側からの反応を待つ。

 毎日が多忙なのは間違えないから、すぐには繋がらないかもしれない。そう思った時だった。


『はい、どちら様でしょうか?』


 大人の男性の凛々しい声。よく通る低い声だ。そしてその声は聞き覚えがある。私は彼の名前を呼んだ。


『アシュレイ様でいらっしゃいますか?』


 アシュレイ――、シュウ女史の執事兼側近を勤めている人だ。私はまだ名乗らなかったが私の声にすぐに思い出してくれたようだ。


『いかにも、アシュレイは私でございますが、その声、もしや〝プリシラ〟様でらっしゃいますか?』


 とても、とても懐かしい名前が出てきた。3年前にこの街で働き始めた時にシュウ女史からつけてもらった源氏名だった。2年半の時間が経過していたが、彼はすぐに思い出してくれたのだ。


『ええ、そうよ! まだその名前で私のこと覚えてくれているのね! お久しぶりです。今は故あって〝エルスト・ターナー〟と名乗っております。ルストとお呼びください』


 私が今の名前を伝えるとその声はとても嬉しそうだった。


『ルスト様。本当におさしぶりです。ご健康そうで何より。積もる話は山ほどありますが、まずは用件からお伺いいたしましょう』


 アシュレイさんは非常に優秀な側近役だった。私の実家のセルテスとタメを張れるだろう。彼の声のニュアンスからして私が彼らのところに訪問しても問題はなさそうだ。


『はい、実は私は今、職業傭兵の職務についております。そのためフェンデリオル正規軍からの依頼を受けてとある調査活動をしております』

『調査活動ですか?』

『はい、現在とある人物がイベルタルに滞在しています。その人物に関する身辺情報を手に入れようと思っているのです』

『それはどのような人物で?』

『今はとりあえず〝とある学者〟とだけお伝えさせていただきます』


 念話装置の向こうで思案している雰囲気が伝わってくる。私はそこでもうひと押しした。


『無論、何の対価も用意せずに願い事を持ち込もうとは思っておりません。今現在、イベルタルの花街や闇社会では深刻な問題が起きていると聞き及んでいます』


 その問いかけにアシュレイさんの声が聞こえた。


『いかにも』


 その返事はつまり、取引条件を言えということと同義だ。私ははっきりと告げた。


『正規軍のとある人物から、事態解決に必要な取引条件についての言質(げんち)を頂いております』


 そしてそこで再び彼は沈黙した。アシュレイさんは物事の判断に関しては非常に慎重な人だった。思案の末に彼が出した答えはこうだった。


『お申し出、確かに拝聴させていただきました。それでは詳しいお話は手前どもの〝主人〟と一緒にお聞かせいただきたいと存じます』


 彼が言う〝主人〟と言う言葉が何を示しているのか? 私にはすぐにわかった。


『ご承知いただき誠にありがとう存じます。つきましてはいつご訪問させていただければよろしいでしょうか?』

『それでは本日の11時頃に、おいでいただけますでしょうか? 昼食を囲みながらお相手させていただきたいと存じます』


 時間の指定、昼食、この二つの条件から私はある可能性を考えた。やばい、この流れはとてもヤバい。ちょっと気軽に顔を出すだけと言うわけには行かなくなる。言い訳をして回避するか、思い切って踏み込むか、一瞬ものすごく迷ったが、ここで逃げてしまったらこの人たちとは二度と会えないような気がするのだ。


――ええい! ままよ!――


 私は意を決して申し出を承知した。


『それでは場所はシュウ女史の邸宅でよろしいでしょうか?』


 言ってしまった。こうなったらもう後には引けない。

 シュウ女史に会える場所は複数存在するが、昼食に招くとなればよりプライベートな場所になるのは間違いない。そうなればあそこしかない。


『場所は今でもご存知でらっしゃいますね?』

『〝水晶宮〟ですね? ええ! 今でも覚えておりますわ』

『結構です。私どもの主人もさぞお喜びになられると思います』

『それでは〝水晶宮〟にて』

『かしこまりました。ご訪問心よりお待ち申し上げております』

『それでは11時に』


 こうして彼との念話は終わった。念話を切ると小型念話装置を机の上に投げ出すように置く。そして同時に私はぐったりとすると盛大に溜息をついた。


「やっちゃったぁ――」


 話の流れで必然だったのと、相手の事情が絡んでいるとは言え一番面倒くさい選択肢を選んでしまった感じがある。その理由を私はぼやいた。


「嘘でしょう!? ちょっと顔出しするだけのつもりだったのに、本邸でランチディナー? それって正装じゃない! それも花街仕様なんて勘弁してよぉ!」


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