ルストとメイラの情報整理【Ⅲ】 ―北の国へと赴くその理由―
そしてさらにメイラが尋ねてくる。
「イベルタルでの行動方針は決まりましたね。それでは次に参りましょう。四つ目【北の同盟国ヘルンハイト関連】です」
「ええ、ヘルンハイトね」
「たしか、正規軍からもヘルンハイト行きを内密に打診されてましたね」
「ええ。非常に危険な状態になっているそうよ」
「ではヘルンハイトの現状について分かっていること整理しましょう」
「そうねまずは、
【ヘルンハイトは著しい政情不安にあること】
【フェンデリオルの経済界や使用人派遣業など様々な部署でヘルンハイトと取引をすることに警告が発せられていること】
【科学立国であるはずのヘルンハイトから、学者の移籍が相次いでいること】
【ヘルンハイトの国防を担うはずの永世騎士団から退団者が相次いでいること】
【フェンデリオル正規軍の防諜部で、ヘルンハイトを担当するはずの防諜第3局が事実上機能していないこと】
【ヘルンハイトでの防諜部現地部隊の活動はほとんど停止状態にあること】
こんなところかしら? いずれにせよヘルンハイトと言う国が異常をきたしているのは間違いないわ」
「その異常の実態について詳しく調査して来い、と言うわけですね?」
「その通りよ」
私はさらにあることを指摘する。
「ヘルンハイトを巡って、今、とてつもなく大きい重要問題も起きているわ」
「それは一体どのような?」
「一言で言ってしまえば【世界大戦の危機】よ」
私がそう答えた時、さすがのメイラも蒼白の表情をしていた。
「世界大戦……」
「西からやってくる帝国と言う巨大な力に対して、私たちは、フェンデリオルだけでなく数多くの国々と連携しあいながら巨大な防衛網を作り上げてきた。それが防衛戦略の基礎として広く認識されているわ」
「複数の国々で力を合わせて、侵略を阻止するための〝防衛線〟を作り上げているわけですね?」
「ええ。そうよ。私たちフェンデリオルだけでは、トルネデアス帝国と言う巨大な力を押し返すことには無理があるわ。だからそれぞれの国が得意とするものを持ち寄りながら、地図の上に一本の線を引いた」
「それが【対帝国防衛線】ですね」
「ええ、それはこれまで250年間、順調に機能してきた。特に帝国の侵略政策方針が陸上戦闘を主体としているならば、それは有効に機能していた。しかし科学の発達は、思わぬ事態を引き起こしたわ」
「例えばどのような?」
「例えば〝船〟〝航海技術〟の発達。北の凍てついた海すら渡れる【砕氷船の開発】が事態を変えつつある】
私はそのまま言葉を続ける。
「オーソグラッド大陸の北側は海流の影響もあって常に凍りついた海よ。今までであれば北方海を踏破するなど、とても不可能だった。でも、船にまつわる技術の発達が凍りついた海ですら、乗り越えることを可能にしてしまった」
「科学の発達による技術の恩恵ですね?」
「えぇ、そしてそれまで侵略される可能性が全くなかった2つの国に侵略の危険が迫っている」
「2つの国、【ジジスティカン】と【ヘルンハイト】ですね?」
「そのとおり。ジジスティカンは常に危機意識を持って北の海を見張ってきた。でもヘルンハイトは違う」
そして私は問題の核心を口にした。
「ヘルンハイトの政治家たちはこの世界規模の危険に全く気がついてない。おそらく何の対策も打たれていないはずよ」
「なぜですか?」
「国の政が機能不全に陥っているからよ。しかし現時点ではなぜそのような状態が生じているのか? 正確につかむことができていない。一番の問題は本来ヘルンハイトを見張るべき立場にあるフェンデリオルの諜報部門の一つの〝防諜部第3局〟が完全に崩壊した状態にある」
「誰もヘルンハイトを見張っていないわけですか?」
「恥ずかしい話だけど、現状のフェンデリオルではね。おそらくはトルネデアス帝国から侵入してきた工作員によって討ち取られたか、懐柔されて国を裏切ったか、そのどちらかよ。でも、このまま状況を放置するわけにはいかないわ」
そしてそこでメイラが真剣な表情で私に問いかけていた。
「では、お嬢様がヘルンハイトに赴く理由とは?」
「それは、
【機能不全に陥っているヘルンハイトの現状調査】
【ヘルンハイトに入り込んでいる帝国工作員の摘発と討伐】
【そして、トルネデアス帝国の侵略への対策の必要性をヘルンハイト政府に理解させること】
無論、妨害も予想されるわ。大変に危険な任務になる」
「でも誰かが行かなければなりません」
「その通りよ。国の外の問題ゆえにフェンデリオル正規軍は直接に手を出せない。しかし私と私の仲間たちならそれが可能なのよ」
私の言葉にメイラが頷いた。
「結論が出ましたね」
「ええ、ようやくね。とりあえずはイベルタルでケンツ博士の身柄を押さえて、彼に一体何が起きていたのか問いただすことが先決よ」
「まずはそこからですね」
「そうね。そしてその次はヘルンハイトよ」
決意を持って語る私にメイラはこう語りかけてきた。
「大丈夫です。お嬢様なら仲間の方々と一緒に必ずや成し遂げるはずです。私はそう信じてます」
私を心から信用してくれるその言葉が何よりも嬉しかった。
「ありがとう、メイラ」
「お嬢様も、くれぐれもお気を付けください」
「えぇ、もちろんよ」
情報と行動の目的の整理を終えて、一段落した私は夕食を取ることにした。
「ひと休みしましょう」
「そうですね、お嬢様」
そして私たちは船員に求めて夕食を提供してもらう。出された料理は柔らかいパンと、牛肉のパティ、野菜の入ったクリームスープ。これらを食してそのあとは明日の朝までゆっくりとくつろぐことになる。
船窓から夜景を眺め雑談をしながら時を過ごす。9時過ぎに船員が現れソファーが簡易ベッドに形を変える。寝間着も用意された。
「明日朝6時半に参ります。それまでごゆっくりお休みください」
船員が去ったあと、寝支度を始める。衣類を脱いで下着姿になると、船から提供されたスモック状の寝巻きに着替えた。高級品ではないが着心地は悪くない。
「おやすみなさい。お嬢様」
「ええ、おやすみなさい」
船内の明かりが落とされ運河の水路で揺られながら私たちは眠りにつく。
明日目覚めれば、そこはイベルタルである。







