70センチ目「決着」
「こおおおおおおおおおおおお!」
叫び声とともに、ゴンタは腕を振り下ろす。すると、巨大な拳はこちらに向かって勢い良く突撃してきた。
「クウ、必殺は!?」
「まだクールタイムだ!」
「そんな!」
さっき使ってしまったから、必殺は使えない。手持ちのスキルで応戦するしかなさそうだ。
「クリア、逆向いて刀を斜めに地面に刺せ!」
「あっ、そっか! 分かった!」
クリアはその意図を理解したらしく、俺の指示通り、刀を地面に突き刺した。
まだ効果が継続している湾曲のおかげで、刀がぐにゃりと曲がる。
「全力で引け!」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」
折れてしまうのではないかと思わんばかりに刀を折り曲げるクリア。俺はしっかりと腕を回してその背に捕まった。
「いまだ、解除!」
「やあっ――」
刀が元の形状に戻る反動で、クリアの体が思い切り加速する。その瞬間、クリアは刀を手から切り離した。
「ひゃあああああああ!!」
斜め上に射出されたクリアと俺は、ゴンタの必殺の射程外へと飛んでいく。
この移動法は、クリアがスキルで遊んでいるときにたまたま見つけた方法だ。何がどう転ぶか、人生つくづく分からないものだ。
そのとき、背後で地面に何かがぶつかる轟音がして、俺は心の中で密かにガッツポーズを決めた。
無事に着地を決めたクリアは、俺を背から下ろした。
春菜は呆然と俺たちの姿を見つめている。
「そんな……私たちの必殺が……!」
「切り替えろ、ハルナ! そういう想定もしてあっただろ! 必殺を打ったからって勝てるわけじゃねぇ!」
「そ、そうだね……! 弾性!」
ゴンタは再び小さく跳ねながら、こちらの様子を伺う。
相手は武装、刀化、弾性の三連コンボ。対するこちらは、刀化、湾曲、硬化を全て使い切ってステゴロだ。
それでも、俺たちはまだ諦めていない。
「信じてるぞ、クリア」
「うん!」
拳を構えてじっとにらみ合う両者。戦闘再開の口火を切ったのはゴンタだった。
「はあっ!」
周囲をぐるぐると回りながら、ゴンタはクリアの隙を伺う。
三秒、五秒、そして十秒が経過しようとした、刹那。
「ここだっ――!」
ゴンタはクリアの間合いへと飛び込んだ。高速の爪撃がクリアの腹部に突き刺さる。
「クリア!」
俺は思わず数歩歩み寄った。二人とも、固まったまま動かない。
「これで、終わり」
クリアは静かにそう言うと、ゴンタの鉄爪をゆっくりと引き抜いた。ボタボタと血を流しながら、クリアは後ずさる。
ゴンタはクリアのボディブローによってひび割れた自分の留魂石を見下ろした。
「ああ、そうかよ……」
「勝負あり! 勝者、雨宮空・クリアペア! 優勝は雨宮空・クリアペアです! おめでとうございます!」
ロザリアが試合結果を高らかに宣言する。
俺と春菜はクリアとゴンタの下へ駆け寄った。
「大丈夫か、クリア!」
「わたしはだいじょうぶ。それより、ゴンタが……」
自分の腹を押さえながら、クリアはゴンタの様子を心配そうに見つめた。
「ゴンタ!」
「そう騒ぐなって。まだここにいるよ」
「だって……」
ゴンタは春菜の頭を優しくなでる。
「俺たち、やり切ったじゃねぇか。それでもあいつらが勝ったんだ。称えてやろうぜ」
「……うん!」
春菜とゴンタは俺たちの方へ向き直ると、手を差し伸べる。
「最後の相手がお前らで良かったよ。おかげで気持ち良く別れを告げられる」
「ゴンタ……」
「そうしけた面すんなって。勝者なんだから、ニコニコ笑っときゃいいんだよ。ほら、握手!」
クリアはゴンタの手を、俺は春菜の手をそっと握った。
「おめでとう、空くん」
「ありがとう、春菜」
彼女たちがいなければ、ここまで来られなかっただろう。感謝の気持ちを込めながら笑いかけると、春菜はちょっぴり悲しそうに笑い返した。
「さあ、そろそろお別れだ。俺が消えても、俺のこと大事にしてくれよ?」
「もちろんだよ! 絶対大事にする!」
春菜はゴンタを力一杯抱きしめる。
「ゴンタ、ありがと。それから……さよなら」
「ああ。じゃあな」
ゴンタは静かに目をつむると、透明になってさらさらと消滅していった。
後に残されたテディベアを春菜は拾い上げ、しっかりと抱きしめる。
そのとき、空中からふと軽快な声が聞こえてきて、俺たちはそちらを振り仰いだ。
「はいは~い、お別れはもう済んだみたいだねぇ」
「ツクモ様!」