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7センチ目「生き残れ初戦闘」

 俺は服屋の店内に足を踏み入れた。


 中に入る瞬間、ねっとりとした膜のようなものを通過した感覚があった。

 そして奇妙なことに、先ほどまでそこそこ盛況だった店内には一人も客がいなくなっていた。


 原因は不明だが、なにか変なことが起きているというのは明らかだった。


 不思議なことに、俺は直感で、クリアがどこにいるか判断することができた。

 レジ横にある試着スペースに向かうと、その一角には見知らぬ二人組に追い詰められつつあるクリアの姿があった。


「おい、お前ら! 何やってんだ!」


「クウ!」


「へっ、ようやく持ち主のお出ましか」


 革ジャケットを着たガラの悪そうなおっさんが振り返り、こちらをニタニタと眺めた。


 その隣に立っているのは、淡い紫色のショートヘアをした少女だ。裾にフリルのついたベージュ色のレオタードを着ており、その両腕は先端が真っ黒いハンマーになっている。


「お前のツクモ、狩らせてもらうぜ」


「ツクモ? 一体何のことだ?」


「天使から話は聞いたろ? 知らないとは言わせねぇぞ。カマトトぶって油断させようたって無駄だ」


「天使……?」


 訳の分からないことを立て続けに言われ、俺はひどく困惑した。そんな俺を見て、おっさんは苛立たしげに床に唾を吐き捨てる。


「もういい、茶番はおしまいだ。やれ、トンカチ」


「はい、ご主人様」


 トンカチと呼ばれた少女はクリアの方へ一歩ずつ近づいていく。


 このままではまずい。そう思った俺はとっさにカウンターからレジ袋を取ると、少女に後ろから駆け寄り、その頭に逆さまに袋を被せた。


 視界を遮られたトンカチは袋を外そうとするが、手の代わりについているハンマーは繊細な動作には向いていないらしく、なかなか外せない。


「おい、何やってんだ!」


「すみません、ご主人様」


 あたふたするおっさんたちの横をすり抜けて、俺はクリアの下にたどり着いた。


「大丈夫か、クリア!?」


「クウ!」


 その手をしっかり握ると、クリアの全身の震えはピタリと止んだ。合流したことで、精神的に落ち着いたようだ。


「高坂先輩は?」


「分かんない。気がついたら、一人になっちゃった」


「そうか……」


 高坂先輩の安全が分かれば本当はいいのだが、この状況ではそう贅沢も言っていられないらしい。

 少女の頭からレジ袋を外し終わったおっさんは、憤怒の形相で叫んだ。


「俺たちをのけ者にして、イチャイチャくっちゃべってんじゃねぇぞ! お前もグダグダやってないでさっさとやれ!」


「はい、ご主人様」


 おっさんのゲンコツを頭頂部に食らったトンカチは、冷たい無表情で俺たちに向き直る。そして次の瞬間、少女は一気に踏み込んで距離を詰めてきた。


「はっ!」


 掛け声とともに、トンカチはハンマーを振り下ろす。俺はクリアを抱きかかえながら横に移動し、振るわれるハンマーを避けた。

 ズガンという鈍い音とともに、背後にあった試着ブースのフレームが大きくひしゃげた。


 俺はその威力に震え上がりながら、クリアの手を引いて逃げ出した。

 ちらりと背後を振り向くと、トンカチが歩きながら追ってくるのが見えた。俺は立ち並ぶ商品棚を床に倒して時間稼ぎをしながら、店の入口へと向かった。


 しかし、残念ながら俺の目論見は外れてしまった。トンカチがひとっ飛びで俺たちの頭上を飛び越し、先回りされてしまったのだ。


 そうこうしているうちに、先ほどと同様、逃げ場のない壁際まで追い詰められていた。


 俺はクリアを背に隠すと、トンカチに向かって拳を構えた。こうなれば、俺がこいつと直接戦うしかない。


「なぜそれをかばうのですか? 我々ツクモはあくまで戦うための道具にすぎません。それに、軽微な損傷ならば自然に治癒します。極めて非合理的な行動です」


「道具だとか、傷が治るだとか、そんなのは関係ない。俺の大切な友達だから守るんだ」


「私の攻撃が直撃すれば、あなたの命を奪うことにもなりかねません。それでも良いのですか?」


「良いわけないだろ。俺もクリアも、絶対に生きて帰る」


「理解不能。戦闘を続行します」


 トンカチは会話を終えると、両腕のハンマーを振り回して攻撃してきた。

 振りは素早いが、見切れないほどではない。俺はかすらないように、大きな動きでそれを避けていく。


 十数秒のやり取りの後、トンカチは痺れを切らしたようで、右腕を大きく振りかぶった。その瞬間、俺はトンカチの懐に潜り込み、腹部に一発フックパンチをお見舞いした。


 決まった。

 そう思った次の瞬間、硬いものに当たった感触がして、俺はうめいた。あまりの硬度に拳が砕けそうだ。


 俺がひるんだ隙に、トンカチは残る左腕をコンパクトな軌道で振り上げた。

 とっさに両腕でガードしたが、攻撃の威力を受け止めきれず、俺は数メートル吹っ飛ばされた。まるでダンプカーにでも撥ねられたようなすさまじい衝撃に、思わずめまいがした。


「クウ!」


 クリアの悲痛な叫びがこだまする。

 俺は両腕の痛みをこらえながら立ち上がろうとしたが、くらくらしてなかなか立ち上がれない。


 トンカチは俺が戦闘を継続できなくなったと見るや、クリアへ標的を変更した。

 トンカチはじりじりと迫るが、クリアはうつむいたまま棒立ちしている。


「逃げろ、クリア!」


 俺の必死の呼びかけにも、クリアは動かない。

 やがて、眼前に迫ったトンカチが両腕を腰にためた。おそらく大技の予備動作だろう。そのまま両腕を振り抜くつもりだ。


「クリア!」


 俺の叫びも虚しく、二つのハンマーがクリアに襲いかかる。

 万事休すかと思ったそのとき、驚くべき出来事が起こった。

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